日記はじめます 2009/7/27

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 日記はじめます 2009/7/27

 みなさんこんばんわ。 あいうえおうです。
最近、ブログの更新が滞ってますよね。
実は色々忙しいっていうのもあるんですが、
肝心なネタ、いざひらめいて書こうと思っても、
忙しさやら慌しさやらで頭の中でまとまらないんです。
普段の私は、中途半端なままなら、書くべきじゃないかなあと、ついつい考えがちなんですよ。
だって、このブログ、日記サイトとは違うわけですから。

しかしそこで考えました、なら、いっそ、カテゴリーで「日記」を作ってしまえばいいじゃまいかと。
日記なら、考えがまとまっていないやら整理がついていないやら別にかまわんと。

実はですね、
これまで書いてきたもの、「上を向いて歩こう」やらなにやら、
実際は私、これまで個人日記サイトなんかで、覚え書きやら走り書きやらして溜め込んでいたものなどを整理し、
清書してUPしてきたものも多数あるなど、
そのほうが本来筆が進むヤツなんですよ。

というわけでー、これからは、たわいない日記やら、整理しきっていないネタも覚え書きみたいな感じで書いてゆきます。

これまで、あまり書かずに控えていた、男女間の事なんかもどんどん書いてゆく事になります。
えー つまりー 異性にモテるようになるものやら、夫婦間のモノなどなどと。

さて、ではまた。



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強い愛情にする法 序 2009/7/31

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 強い愛情にする法 序 2009/7/31
まずは前フリとして、2002年8月22日の楽屋裏日記から抜粋。
http://www.osk.3web.ne.jp/~lovenet/love/sitagokoro/index.html

今日は忙しいので前フリだけです;;
時間が取れたらこの続きを書きますので。


******* 抜粋開始 ***********************

今日は以前少し書いた駆け引き部分について触れようかと思います。

つきあいはじめた彼氏や彼女の気持ちを自分に強く惹きつけて、更なる「強い愛情にする法」をここに。
およよ!?  いつもと様子がおかしいですね?
これら駆け引き的なモノは相手や人々を利己心の瞳で見つめてしまう心に拍車をかけてしまいかねないモノとして近頃の私は忌み嫌っていたはずです。
ひとまずそれは置いておき、進めましょう。

つきあいはじめて相手が自分に信頼を置き、強い愛情を自分に向けていると察した時に、
  「 いつ別れてもいい 嫌いになったなら遠慮せずいつでも言ってくれ」 と相手に告げる。
これは別れたいが為に言うのではなく、相手の重荷になりたくないが為に日常で私が相手に発していた言葉でした。
愛する人が私を嫌いになったり、他にもっとその人を大切にする人が現れたならいつでも身を退こう、そう考えていたのです。
お恥ずかしい話ですが、私はいつも、誰とつきあう時でも、相手にとって最良の人間だとは考えていなかったのでした。
知らぬ顔して平然と浮気はする、つきあってはいつつも大切にはできない、そんな自分が嫌われたなら潔くいつでも身を退くべきだ、そう考えていたのです。
私の心情としては確かにこれらがあった、しかし、「 いつ別れてもいい 嫌いになったなら遠慮せずいつでも言ってくれ」
この言葉は、実際は思わぬ方向に向かう事がほとんどでした。
強い愛情を向けてきている相手にいつ別れてもよいのだと告げると、その人の強い愛情は相手を失いたくないという気持ちが増大するようなのです。
これは、つきあいはじめの頃のまだ低い愛情段階で告げていたとしたならば、冷静にその言葉を聞き納めておいて、
いつか相手を嫌いになった時にはその言葉通りに別れを持ちかけてくるかもしれない、発した言葉通りに。

 私が向けた言葉は言葉通りの心情でしたが、しかしもしもそうでなく、今読者がこれを読み、テクとして相手の心をあやつるかのごとくこれらの言葉を向けるなら-------
これこそが罪だと考える。
自分の本心から芽生えた相手に対する思いやりの気持ちからそれらの言葉を向けるのではなく、
さも自分の心からの心情であるかのように振る舞い演技をする、
相手にさも良い人のように受け止めてもらいつつ、人をウソで縛りつける。
相手はウソの言葉で踊らされ、その人に現れたかもしれないもっと相応しい人との縁を塞いでしまう。
ここで自分がその相手にとってもっとも相応しいなど考えてはいけないのです、
人の書いた(私の書いた)小手先のテクニックを駆使し、自分の思惑通りに事を運ぼうとする自分などよりも真に相手を愛し、
幸せとする者は当然他にいるのが自明の理だからなのです。

いや、しかしその人を愛していればこそ、それらも必要悪のようなものではないだろうかとお考えになられる方もおるやもしれない、
しかしこれこそがその人を真に愛しているかの境界線と言えるものなのです。
どんな手段であれ、手に入れるためならよいではないか、それは恋愛につきもののいわばプロセスのようなものであって、
騙しあいや化かしあいもあってこそ恋愛というものじゃないかと云われるむきもあるだろう。
勿論それらはあるでしょう、しかしそれこそが境界線であって、
今までの恋愛の視点観点から抜け出た先にあるもっと確かな確固としたそれまでは掴む事のできなかった愛の状態には互いに進むことができない。
言わば不満と一時の満足、そして失望、これらを繰り返してきたそれまでの恋愛から抜け出ることのないパラドックスと呼べるもの。
初期段階とも言える恋愛の内はまだよいかもしれないが、それが互いに支え合って長く過ごしてゆく婚姻関係になったとしたらば
それら騙しあいや化かしあいも互いの愛のプロセスだ等とは誰もが云わないことだろう。 それらは亀裂の種でしかないことをその時誰もが理解しているからだ。
ここでこれを読まれている読者に思い返してみて欲しい事があります、
今まで過去にお付き合いしていた異性や、恋焦がれていた異性の一人や二人は居た事と思います、
その異性とは結局は過去の出来事として今日に至っていると。
どんな手段であれ、それが利己心に根付くものであろうとも手段を選ばない、こういった入り口から入ってゆくものはそれらに相応しいプロセスと終末しか残されていないのです。
もう時代は人やら他人、異性をどうやって思いのままにするか、こういったことではなくて、互いが上に昇ってゆく、より一層上の愛の状態を人は求める時期に来ているのです。
やれ口説くテクニックは相手がああしてきたならこうしなさいとか、こう振舞ってみてはどうかといった、いわば知的ゲームで終わらせてしまうステージから人間は脱却していかなくちゃいけない。
互いの、それこそが愛する相手への、そして自分自身にとってもそれらが必要な時期に来ているのです。

さてどうでしょうか、駆け引き的なモノを書き進めてゆくことは本書の主旨とは大きくずれるモノなのだとお解り頂けた事と思います。
そして、この話には実はまだ続きを書かねばならない。 あれはだめだこれはだめだじゃ一体どうしたらいいの! キィー などと雄叫びが聞こえてくるからです (^^;

この話の続きのタイトルは・・・
「求める人を射止める方法」

以前に第一部で人は類友に惹かれて集まるものだとお話ししたと思います。
今から書き進める物はこの類友に大変に似通った部分がありますが、
しかしより厳密にいうならばそれは二部でお話をしました利己利他4分類で説明した方がより具体的なものになるかと思われます。
類友という概念に似て非なるこれらは意識というステージの、親近性による人々の結びつき、と言えるかもしれません。

 仮に求めている者が心の底から優しい人だとしましょうか、その求める心情は強い欲求となって現実に私達の前にその望んでいた通りの人が現れます。
これは実際にそのような人と出会えるという意味です。
私達は成りたいと想い描いた人物に自然成る(第一部参照)のと同じように、環境も人間関係も恋人もすべて、心で想い描いた通りになるのです。
言うなれば、私達は自身で理解し、自身の内奥に事実あるものを求め、またその通り現実化していると言えばよいでしょう。
この喩えでは少々解するのが面倒かもしれません、別の喩えでお話しましょう。
私達が出会い求める恋人に、心底心の優しい人を求めたとしましょう、私達は願ったとおりそういう人と出会えるのです。
これはその心底優しい人を求めた事そのものがその人の中にその時実際に内在しているものだからなのです。
「欲したものはすべて、実はその人の中に必ず内在しているのです」
これは一見辻褄が合わないように見える事もしばしばあります、優しい人を求めつつも、求めてやまないその人自身は、その求める通りの優しいものを
有してはいないように見えると。 ハッキリ言ってしまえば冷たくワガママな人のように見えると。 しかし外側に優しさを求めた以上は表だって発揮はしてはおらずとも必ず内在しています。
(優しさを内在はしているがそれを人に向けないで自分が欲する一方な状態は「利己利他4分類」に当てはめるならば利己中心になります。 いわば利他の芽を内在させたまま利己中心であると。)
 たとえば優しくない人がいたとします、その人は自己の中に内在してはいない優しい部分を、人に求めたりは実はしないのです。
(仮に冷酷な殺人鬼がいたとしましょう、彼は外側、いわば人に優しさを求めません、利己的な従属は人に求めるかもしれませんが優しさを人に求めているわけではないのです)
これは言葉に語弊があるかもしれませんね、しかしお読みになられて憤慨するのはチョット待った! なのです
ある人が優しい人を求めたとしましょう、 事実その人は外側に求めた通りのモノ、その優しさを自己の中にも必ず「有」しているのです。
さて、長くなりました、では肝心な部分を続けましょう。
自己に内在している求めたとおりのその「心底心の優しい人」と出会えたならば、その人の心を射止めて自分の恋人にしたい事でしょうね、
ではどうしたらよいか?
内在したままでなく実際にその求めるもの通りに外側に向ける事、なんです。
それはその求めた優しい人に相応しく、自身が求めてやまないものは人に向ける。
内在したままで発揮をせねば出会っただけで終わってしまいますからね。
幾度か本文でも述べてきたことですが、
「私達がそのようならそのような出会いと結びつきがある、
私達がそのように振る舞うならそのように得られる。」
これは本文で述べてきた因果の法則でもありますし、
得るために相応のものを与えよと第三部でもお話しました金銭の項をお暇なときに今一度読みなおして欲しく思いますが、
これはいわば求めた通りのものを確実に得るための法則であり、因果の法則の分則とでも呼べる配給の法則と言えるものになります。

むずかしく並べてしまいましたが、簡単に言ってしまうなら、
優しい人を恋人に求めた人は、実はその求めている優しさは日常で普段発揮されてはいないかもしれませんが、
必ず外に求めたものは自己の中にもあり、
自己が宿しているものであるからこそその価値を認め、外側にも求める。
求めたものは求める欲求の強さ通りに私達の外的環境に必ず顕れる。
欲求の強さは求めてやまないものを実際に発揮している場合はより強くなり、出会うだけでなく心を射止めて恋人にすることに成功する。

もっとわかりやすく簡単に言ってしまうなら、
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ある人が優しい人を恋人に求めたとします、
求めた人は実はその通りに実は内面に優しさが溢れているのです、
だからその通りの人と出会えるし、自己の持つ優しさを実際に外に発揮出来ている場合には出会うだけでなくその人をモノにすることにも成功すると。

これを読まれているあなたが童話や昔話に出てくるような心清く誰にでも分け隔てのない優しさを持つ王子様のようだったとしましょう、
その王子様にはそれに相応しく、心清らかで誰にでも分け隔てなく優しい美しい女性と出会い、結ばれるのです。

もしあなたに好きな人がいるならそのようにすることです、 実際に振る舞い、心もそのようにするのです、 「求めたモノに相応しく実際に行う」これだけなのです。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
自己と類似性、そして意識ステージが合うほど惹かれ合い、その者にとって相応しくあれば尚強く惹きあうのです。

異論はあるかもしれませんね、優しくはなくともそのような人を惹きつけている者も居ると。
これはかならず類似性のある共有部分に引きあってのことなのです。
ポジティブなものに限らずネガティブな部分においても人は引きあいます。
ヤクザはその自己が持つ質が相応しいからヤクザの世界に住み、同質の者達と普段引き合うのです。


******* 抜粋終了 ***********************


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愛する人との心の距離

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 愛する人との心の距離

今回は、前回の、「強い愛情にする法 序」   の続きです。
前回を読まれていない方はまずは目を通してから。

前回では、恋愛上でのテクニックとも呼べる、好印象を人々に与える為の、人心操作とも言うべき、
「演技」に関して触れました。
そして私は、この、「演技」をするべきではないとも。

人に、そして異性に、好かれたいが為のテクニック、結果として人心操作と呼べるもの、
多くの、異性間について述べられている書籍などはおそらくこうした、テクニック的なものが巷には溢れていると思いますが、
実際は、そうしたテクニック集を読み、真似て、異性に好かれようといったもの、
これらは「心のこもった行為ではありません。」

心のこもっていない、人を操ろうという試み、人々に、自分が都合よく映るようにと。
もちろんそれらはある時は効果を表わします。 一時的ではあれです。 もしくは永久にかもしれませんが。
でも本当は、それらテクニックやら「演技」によって異性の関心を惹く必要は本来はないんです。

こういった、良い人のような印象を演技によって人々に与えようとする行為は、
そのもくろみ、つまり「裏」の心があるわけですが、
人々には知られたくはない裏側に潜む打算や計算、こういったものがある限り、
人は愛する人と、心から望んでいる「真の幸福」を掴む事ができないのです。
なぜなら、あなたは愛する人と、限りなくゼロに近い位の、心の距離を望んでいるからです。
(愛は近づくものであり、云わば同化でもあるからです。)
愛情関係は、特に異性間ではそうですが、幸福な状態にあるのは、「心の距離が限りなくゼロに近い状態なんです。」
なのに、「裏側の心」、打算や計算が含まれた行動で好きな人に接すると言う事は、
矛盾していますが、愛する人に対して「心の壁を作っている行為」なのです。
知られたくない秘密。 知られたくない行動。 知られたくない打算。
隠してしまおうとするそれらすべては、人との間の、心の距離を遠ざけてしまうもの。

「上を向いて歩こう」の第一部、「射程距離を縮める方法 話しかける」では、
話しかける事によって新密度を上げてゆこうと書きましたが、
これはある一定の所までは、互いの心の距離を会話で縮められるという事を伝えたかったのです。

そう、それは「心の距離」。

中途ですが、続きはまた時間が取れた時に。

愛上王 2009/8/2 23:00









「上を向いて歩こう」第一部の、「射程距離を縮める方法 話しかける」は、読者の感想でもトップクラスの評価を得ています。
お暇な時にぜひ。










大好きな『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』の主題歌



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最近のできごと ハッキング編

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 最近のわたしのできごと

 こんばんわ、愛上王です、ここ最近、更新をしていなかったのですが、それには色々と事情がありました。
私が1996年から運営していますサイト、Cute Girls Japan
CGIサーバー側の中身が大幅に荒らされ、ハッキングをされており、
警察と連動しつつ、日々の仕事もしつつと、時間的な余裕が取れていないのが主な理由でした。
このCGIサーバー側には、長年書き続けてきたわたくしの原稿であります、
「上を向いて歩こう」の日付違いバージョン複数や、これまでの原稿の下書きとなった、
私のつたない古くからの日記群などなど、ほぼ壊滅状態にされてしまっており、
そんなこんなでありまして、わたくし、意気消沈をしておりました・・・・・
なにやら日記やその他の様子がおかしいと気づいたのは年末頃からでしたが、
ハッキリとおかしいと気づいたのは年明けで、
このブログの先頭においてありますフラッシュが呼び出せなくなっている事に気づいてでした。
(今はフラッシュをHTMLサーバーに置いて呼び出しています。)
警察にはもちろん被害届けも出しており、捜査もして頂いています。

まあもっとも、CGIサーバー側においていた日記など、原稿の下書きや原稿そのものは、
実はUSBメモリー等に分散して複数バックアップを取っておいてあったので復旧はいつでもできるのですがね^^

それと、原稿の下書きでもあります、私と古くから多少の縁を持つ方等の、
内輪向けで公開を続けてきました、わたくしの拙い日記群ですが、
入り口はCute Girls Japanのメニューにあります、「SPECIAL SITE 」の一番下、
「隠れ家」と称した、それはそれは小さな入り口を未だに設けてあります。
復旧作業を完了しました暁には、小生の若かりし頃の、(笑)
それはそれは拙い、野郎の日記を読む事も可能であると、
申し添えておきまする。
各々方のお目汚し失礼仕るなのでございまするるる ^^;

ふー





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近況2010年4月8日

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 近況2010年4月8日

 2010年4月8日、小生の近況ですが、少々無茶な形で働きすぎたようで、
体のあちこちが肉離れを起こしてしまいました。
両腕はかなりおさまったのですが、いかんせん足がダメ;;
メシ買いに行くのも一苦労・・・

さて、そんなわけでありまして、会社には2.3日お休みさせてくれと昨日伝え、
本日は筆が進むはずなのですが、やっぱり肉離れが痛くてダメ;;
というわけで、日中は安静にと、ほとんど寝ておった次第です。
ですが、今日は少し筆を走らせましょうか。

 つい最近、新たなものを書くとお約束しましたが、
実はおおよそのタイトルはすでに決まっておりまして、
各話も少しずつ暇を見つけながら書き進めております。
ですが、清書しきっているわけでもないので、
当面は「おぼえがき日記」内にUPしてゆきます。
今後は清書や整理もしてゆく予定です。

そして、「決意 夢の実現力 Enterキー」を、
今日か明日あたりには少しだけUPするかもしれません。
しかしその前に、以前にCute Girls Japan 内で書いたものの中で、
「決意 夢の実現力 Enterキー」に多少関係が深いと思われる、
【幸せを分け与えるということ】を、ここでUPしておきます。
( http://www.osk.3web.ne.jp/~lovenet/lovelove/kotoba01.html )
これは内容的には「因果」、いわゆるカルマと呼ばれるものを扱った記事ですが、
根底として相互関係にあるからです。



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いくつか伝えたいことを 2010/4/12

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いくつか伝えたいことを 2010/4/12

 今日は色々お話ししたいことが山積みなんですが、いくつか。
まず一つは、近々暇な時間が取れたらやろうと思っているのですが、
「読者と小生が気軽に話せる掲示板」を設置する予定です。
これはですねえ、うちのブログのアクセスログを日々読んでいるとですね、
いろんな事で悩んでここにたどり着いた人が多いんですよ。
たとえば「不倫」に関する検索キーワードとか。
なんかこう、「愛」に関したキーワードの多いこと多いこと。

後目立つのは、世間で指す所の自称「霊能者」に関したキーワード。
これ、そのほとんどのキーワードは疑ってかかっているものが多いです。
このあたりの事は、疑問に持つ方ともっとじっくり話ができる場があるといいなと。

あとは、当ブログを応援してくださってる方らともぜひお話しがしたいと。 ^^


まああとは、若干の心配もあるんですがね^^;
ほら、小生、けっこうズバズバ言う毒舌なので、掲示板など置くと、
そろそろ「自称霊能者」らの、【アノ手コノ手の】逆襲もあるんじゃないかとw
それでも自称霊能者に関するコンテンツに関しては、
ブログ「本文」ではかなりボカしてるんですが。
何しろ個人名を挙げた上ではインチキと叫びませんしw
「こーいうのがインチキ」と本文に書いても名指しはしないしとw
けっこうじょうずにやってはいますが。

しかし、「自称霊能者」に関する類のものばかりでなく、
色々とインチキさんはいらっしゃるようで、
最近、これまでの「上を向いて歩こう」から派生した形で新たなものを
小生は書き始めましたよね、ジャンルで言えば「引き寄せの法則」であり、
また「願望実現」でもあるものを。
この手のものを主題に扱っている所であやしい動きを見つけたんですよ。
その方の特徴は、
情報収集と言う名のw、あっちこっちの書籍を読みあさりーのというw
なんでその人が「情報収集」なのかわかるのかって?
それはですね!
本人がブログで堂々と、情報収集してると書いてるからですw 
要は読んでるんですよ、自分のブログで書くためにソノ手の本やソノ手のよそブログを^^;
でも本文を読んでみると、まるで自分のオリジナルかのように振る舞っているように見える・・・
しかし本文そのものは、、バレにくいようにと?考えての事なのか、
毎回オリジナルのままブログに挙げてるわけではないようで、
自身の歪曲した不整合な文を挙げてらっしゃる・・・
よーするにバレにくいように? 焼き直しをして文を書いてらっしゃるようで。

しかし中身がいい加減すぎるので、今日はここで警告の意味も込めて、
こーいうのがいると晒すわけです。
詳細は次にでも書こうかな。



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努力はマイナスか?

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 努力はマイナスか?



今日は昨日の 次 の日です^^;



努力ってマイナス?
努力というと、
できるだろうか?とか、しなければいけない、とか、
面倒だな、とか、
こういった思考に繋がるからいけないとお話されている方が巷にはいらっしゃるようですが、
しかし、そういった「ネガティブな感情」と「努力」は全くの別物です。
それらネガティブな感情を抱かずに自然と努力ができる人たちも世には大勢いるからです。
努力という言葉から、面倒だな、などという発想が生まれてくる人というものは、
根がなまけものなんです。
努力をすれば成し遂げられる!ダイエットがうまくいく、どこそこに入学する、
商売がうまくいく、などなど、いずれやってくる努力の成果を嬉しく思い、
ポジティブに努力をする人たちも世には大勢いるのです。
しかし努力を面倒という発想に結びつける人は、
そういったポジティブな側面を無視した考え方だからこそ、努力=面倒と結び付けてしまう。
ひとつの物事において、一側面だけで答えを出してしまうのはベストでもベターな教えでもありません。
かえって人に害を与えることにもなりかねないからです。

人間は、放ったままなら、基本的には、にはなりますが、
それは学校の学びであれ、社会での学びであれ、人々による向上的な教育がなければ、
人間は基本的にはなまけものです。 (語弊のないように言いますが、言わば悪意のないなまけものではあるのですが。)

なぜなら、
向上的な教育がきちんと為されてきていないと、
人は無意識で、自分は現状でのままでよいと、ぬるま湯をぬるま湯と知らずに浸かり続けるからです。
そういった人々には一層の事ですが、努力というものは人間にとって必要です。


人には、心の成熟にせよ、霊性なり精神性なり、すべてには成長の段階というものがあります。
Aさんにふさわしい教えや学びであっても、
Bさんには早い場合もあれば、逆に成長の段階を逆行させてしまう場合もあるのです。
前向きな人に、逆行させたり、現状のまま、ぬるま湯に漬かり続けさせかねない言葉を向けるのは、
相手にも自分にも、悪しきカルマを積むことになりかねないということなのです。
そしてまた、このあたりをきちんと理解をしていない人は、
実は人に教えを授ける立場にはまだありません。
学校の教育ですら、きちんと順序があるのです。一学年や三学年といった具合に。






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ツイッターはじめてみました

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ツイッターはじめてみました

しかし仕組みや仕様がまだよくわかっておらず、やや放置気味ですが。

ですがいつまでもそう言ってはいられません、ぼちぼちとやっていこうかと思います。

さて、ではまず、ブログにツイッターのバナー?の張り方あたりから勉強しますわ;;





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今回はもう名指しします

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 今回はもう名指しします

http://ameblo.jp/kanon-moonsoul/entry-10618916106.html#cbox

http://ameblo.jp/kanon-moonsoul/entry-10618047506.html#cbox


確信しました。(いやとっくのとうですがw)

平杜カノンさん、あなた、ウチを読みにきてますね^^
それだけならけっこうなんですが、

もういいかげんにしてください。

平杜カノンさん、あなたは以降当ブログの出入りを禁止します。



何がなんだかさっぱりわからない他の読者のみなさんへ、
私が更新したここ最近の記事をいくつも丹念に読み直してみてください。
とまでしか言えません。




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矛盾した批判

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 矛盾した批判

 さきほど、あるブログランキングの順位を眺めていましたら、
「パクリ」に関することを記事にされている人がいました。
さっそくどれどれと閲覧をしてみますと、
どうやら私の事を指しての事と思われますが、
盗作者を晒すのを大人気ないと批判をされているようす。

そしてまた、
盗作をされたなら光栄に思えと。

はぁ? まったく笑わせてくれます。
被害者の実害に目を向けるよりも、被害者に対して感傷的に満足をしろと言ってるわけですからね。
そんな低次元なものでなぜ満足して実害を我慢せねばならないのか?

しかしなぜこの方がこうしてパクル側に好意的にみえ、被害に合う方に大人気ないなど言うのか?
そもそも、盗作する者の方こそが犯罪であり、その行為は大人気ないのにだ。

私は盗作を続ける者に対し、これ以上するなと何度もブログ上でも警告をしてるのに、
それらの文を読んだ上で盗作を続ける、そのような者に対してなぜ寛容でなければならないのか?
盗作を続けるものはそれなりの覚悟がおありでしょうから、
自分のした行為の責任は取れるはずです。
みつかれば名前が公表される位は覚悟の上なんでしょうから。
悪い事をしておいて自分のケツも拭けないような人など知った事ではありません。

これは世の常識ですが、
ニュースになりたくないのなら、犯罪はやめるべきです。
そうすればニュースにはなりません。

犯罪ニュースをおとなげないとか、
まったく笑ってしまいます。




面白い事に、この方は私の事をこうして的外れな批判をしておられるわけですが、
矛盾していることに、
「他人の批判に耳を貸してはいけない」のだとも言われておるようです。(この言葉が字義通りなら、私とは姿勢が反対ということになりますが。)
さて、いったいどっちなんでしょう?
矛盾しすぎています。

私は、正当な、きちんとスジの通った批判なら、ブログ開設当時から大歓迎をしてる者なのですが、
こういうスジの通らない、加害者寄りの、そしてまた感傷的な、
いいかげんなものは受け付ける気はありませんね。
「はじめての方へ ルール」や、「批判は宝」等を参照のこと。

この方へ私はブログ上でコメントを残しましたが、
よほど都合が悪いのか、公開をされていません。(2010/8/17 01:48現在)
私がコメをしたそれ以降も、この方はご自分の記事を更新してはおられましたので気づいていないわけがないのですが。




余談ですが、この方は私の目からは、

「人の書いた本を私なりに解釈してみました」系の代表のような方。
そして有料セミナーをしてらっしゃると。

当然私のような者はお嫌いなことでしょうねw





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