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はじめてお読みになられる方へ01

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 これまで長らく、1996年から、Cute Girls Japanというサイトにて、それは10数年、
( 
http://www.osk.3web.ne.jp/~lovenet/ )
それは沢山の、異性間のことであったり、因果に関してであったりと、様々なものを書き、
リアルタイムで多くの方に読んでもらってきました。
しかし、Cute Girls Japanというサイトは、ここ最近は以前ほどの勢いがなくなった、
ネットで活躍をされる、「ネットアイドル」らを広く紹介するのをメインとしたもので、
閲覧をされにくるユーザーに偏りがあった事はたしかでした。
あくまでもサイト内ではサブコンテンツ、管理者による言わばおまけのような位置付けでした。
今後は、ネットアイドルに関心のない人々にも、多く目に触れてもらおうと思います。


当ブログで今後進めてゆくものには、
私が長らく書いてきましたそれらに関するものと、
昨今のスピブームに便乗をしようと暗躍をされておられる偽霊能者らの見分け方を書いてゆきます。

そしてもうひとつ、
これは非常に頭を悩ませてきたものですが、
96年当時から、書いてはサイトにリアルタイムでUPをし続け、
こっそり読みにこられていた方に、盗作をされる方が絶えなかった。
その件についても触れてゆこうと思います。
ただし、熟考した結果、盗作をしている方の直接の名指しはしないものとします。
ですのでせいぜいが伏字どまりとします。
最近、ある歌手がある漫画家のものを盗作し、裁判になりましたよね、
そして驚く事に、誰の目から見ても、様々な人にこの件について尋ねても、
その歌手が盗作をしているのは明らかなのに、
なんと裁判では盗作をされていた側が負けてしまいました。

もっとも、ここを読みにこられる方にとって、
本当にこの私が盗作をされていたのか、疑問はあると思います。
私の書き進めてきたものは、主に愛や異性間、因果、こういったものですが、
これらはひとくくりにしてしまえば、啓発モノと呼べるものです。
啓発モノと言えば、今巷で言う所の、スピカウンセラーや、霊能者らがこぞって書きたがる内容のもの。

これまで、私の書いた、どの部分が盗作をされてきたのか、
それらをいくつも比較を交えながら紹介をしたい気持ちはありますが、
漫画家と歌手の裁判の例もある事ですので、
盗作をされてきたこの私が万が一にも不利になる状況にもなりかねない、
名指し等は控えさせて頂きます。
(これらはトラブル防止策であり、万が一にも圧力をかけさせない為の布石です。 名指しをしていない以上、
できない話だからです。)

ですが、私が名指しをせずとも、盗作箇所の比較を私が紹介をせずとも、
すでにそれをはじめている方がいます。
しかし、その方のサイトアドレスをここに載せてしまうことは、名指し同然の扱いとなってしまうのか、
不明ですので、
検索エンジンで各自で探されてみてください。
検索の仕方は、とある有名な方の「お名前」と、「正体」の二つをキーワードにすれば案外すぐに出てくるでしょう。 
( 口△○× 半角スペース 正体 )
そのサイトでは、盗作の件以外にも、数々のインチキやヤラセが詳細に書かれています。

今後私は、盗作をされていたものは、こちらブログでも盗作をされていたと明言をしながら載せてゆく予定です。





はじめてお読みになられる方へ ルール

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■ 当ブログでは、コメント等での名指しを禁止とします。
よって、人名を出さねば話が進まない場合、できうる限り、伏字でお願いします。
(これらは偽霊能者関連が主体であり、それらに含まれない世間話程度の人名は除きます。)

■ 当ブログでは、私、愛上王に対しての質問や疑問にもお答えしますし、
「批判」も大歓迎ですが、
正当な筋のあるものでない場合はスルーをしますし、コメントも反映されません。
(批判でなく罵倒になっているものや、批判のようでありながらも、
まったくの見当違いをされているもの。 プライバシーに関するものなど。)

批判は、正直、心底歓迎しています。
なぜなら、私はどこかでみかけがちな、
さも自分には非の打ち所がないようなそぶりを示したがる、
偽霊能者らとは違い、
私自身も未熟な点がいくつもあるだろうと認めているからです。
とは言え、私は霊能者ではありませんが。



愛上王について

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 愛上王について

 今日は私、愛上王に関して、皆様の疑問に答える形で少々お話をしたいと思います。
これらは時折、文中でも多少は触れたりしてはいますので、すみずみお読み頂ければ自然とわかるものですが、
「ものおもふ 2010/5/12」でお話しました通り、数日前より、主には「上を向いて歩こう」になりますが、
その大半の原稿をクローズドにし、私の判断で重要と思われるものや、
以前より某人物を中心に盗作をされていると判断していますものは読めるように残してあります。


 文章を書き始めたきっかけ

 まずはじめに、私が「上を向いて歩こう」など、こういった文章を書き始めるきっかけとなった話をしたいと思います。

以前に「上を向いて歩こう」内の「ことはじめと展望」でも書きましたが、
一番はじめのそのきっかけは、こういった愛に関するものを書きたくてはじめたのではありませんでした。
私は、目には観えないものを人にむやみに信じろとは言いません、
私のスタイル、姿勢といったものは、たとえばもし誰かが白と言えば、ではなぜそれは白と言い切れるのか?
その説明や根拠を求めるといった、懐疑的姿勢なのです。
ですから、私が文中でめずらしく"神"などという言葉を口にしても、むやみに人に向かって信じろなどとはもちろん言いません、
ですがこの私は、時折毒舌なこんな私ではありますが、読んで頂いている皆様に対して、
常に正直で誠実であらねばならないと心がけています。
なぜならそれは私の誇りだからです。
人に嘘をつかないと。

この世界には、人生には、魂には、
嘘や不誠実、こうしたものを脱ぎ捨てねば手が届かないものがあるから。

-------------------------------------------------------------
 【ことはじめと展望】
 本書を書き始める「ことはじめ」となったできごとをここに綴るのは正直言えば苦しいものがあります、
私自身の心の中にあったみにくい部分を読者であるあなたにさらけ出す事になるからです。
しかしそういった本書の生い立ち部分も読者にとってきっと意味のあることに違いありません。
本書をこうして一読した読者の中には、もしもこの本に書かれてあるものを自分の人生に取り入れていったなら、
本当に自分の人生にさらなる愛と幸福がやってくるかもしれない、異性はもちろん、
多くの人々にも愛されて満たされる人生を歩むことができるのかもしれない。 
かたやそう思いながら一方では、私は人をみてはひがんだりもすればねたむこともあるし、
人を傷つけたこともあるどこにでもいるごく普通の人、この本は私には縁遠いものではないだろうかと。
読者の中にはこんな不安を持たれている人もいるかもしれません、しかし本書を書き始めるきっかけとなった話である、
私の心の中にあった人間の弱くみにくい部分をあなたにお話するのも、そういった不安をもつ人へのきっと慰めと励ましになろうと思います。

 1987年、当時の住まいは神奈川県は鎌倉市。
この頃私はある女性とおつきあいをしておりました、しかし休日が合わないゆえかその女性は別の男性に心惹かれた様子。
二人でいる時もその男性の話題が出ては楽しそうに話します。 どうやらその男性は職場の同僚のようでした。
この時、私は正直かなわないと思ったのです、その女性は好意を抱く男性と側に居れる時間が私よりずっと長いのですから。
想像していた通りの結果、私とその女性の関係はゆっくりと冷えていきました。
私はその女性と仲良くすごしていた時に触れた彼女の持つ優しい部分を思い出してはとても暗く沈んだのでした。
私は二人の関係が冷えてしまったその時、好意を持たれている男性を逆恨みしたのです、
間違ってはいました、こうしてあとになって思えば。
しかしその時はその男性を私は憎みました、その時の私はまるで破滅の心そのものでした。
私は強く強くその男が消えてしまえばいいと憎み、会ったことすらもない男性に憎悪で心が一杯だったのです。
心が憎悪でいっぱいな日々を過ごしていたこの時に、私は発病をしました、
原因不明の突然の奇病、身体全身が白いかさぶたでおおわれたのです。
全身にかさぶたができる病いは聞いたこともなく、それからは毎日どうしたらいいのかわからず半狂乱となり、ひとり部屋の中で泣き狂っていました。
正常な判断がしたくてもどうしようもなく、医者に行くべきなのはわかっているのに外出しようがないのです、
手や顔までかさぶたにおおわれてしまっては食べるものすら買いに出歩けなくなりました。
しばらくは冷蔵庫の中にある物を食べて暮らし、そして数日が過ぎ、とうとう食べる物は尽きて、
追いつめられてこのまま死ぬしか道はない、そう思わざるおえませんでした。
どうしようもなかったのです、日増しに身体は白いかさぶたが増えていくばかりで治る見込みが全くなかったのですから。
これでは雇うところもありはしなく働く事も到底無理。 生きたいのにとても生きてゆけない。
このまま死なないにしても治らなければ生涯家から一歩も出られやしない、
しかしそれ以前に食べる物がないなら死ぬしか道はないともはや否応なく死を選ぶ。
苦しまずに死ねる方法はないかと頭を抱えていた日の夕方、その女性は私の家に再びやってきました。
彼女にこんな姿を見せたらきっと気持ちわるがられるにちがいない、そう思い私はすぐにその女性を帰そうとしたのですが、
しかし彼女は私の姿を見ても気味悪がることもせず、私に慰めの言葉を幾つか投げかけ、
私が落ち着いたのを知ると職場の同僚であるその男性の近況を私に話しはじめたのです。
その男性は行方不明のようで職場にも出勤をしてこないと。
ばかげた話のように思われるかもしれません、しかしこの話を聞いた私はこの時確信をしたのです、
私を襲ったこの奇病はきっと偶然などではなく、人を恨んだり憎んだりした心が引き起こした苦しみであり、それはきっと天罰に違いないと。
その日の夜から毎日懸命に天に祈りました、神に祈り、身体を治して欲しいと乞い、天罰の許しを乞うた。
鏡を覗けばそこには心の醜さを表すように鬼のような形相となった私、毎日泣き狂っては半狂乱の無様な姿。
だって仕方ありません、自分の身体のすみずみが白いかさぶたでおおわれては、目にみえる所、手も足も顔もすべてが、
もう家から1歩も出られやしない。 私は目覚めているあいだ、意識のある間中泣いていた。
身体を治して欲しいと天に乞い、人を憎んだ事を後悔し、私は生れて初めて真剣に懺悔した。
目覚めている間中溢れて止まらなかった生きたくても生きてゆけない絶望の涙。 懺悔の気持ちに嘘はなかった。
だけどどんなに祈ろうと泣き叫ぼうと天は答えてはくれませんでした。 
天罰を受ける身でありながら自分の願いを通そうというのがそもそもの間違いなのでしょう。
しだいに願いを聞き入れてもらうには、願いに見合うだけのものを私が差し出さねばならないのだと考え、
私は藁をもすがるように天に向かって誓約をしました、
他人の愛の為に生きる人間となりますからどうか願いを聞き届けて下さいと私は訴えたのです。
窓の外には空を覆うようなに広がる白っぽい雲が見え、それを見たわたしは、もしもこの誓いによって願いを聞き届けて下さるならば、
その証を私にはっきりとわかるように、空一面の雲に大きな穴を開けてしるしをみせてくれるようにと訴えたのです。
祈り続けて数時間後、ひとけが少ない事を確認してから家の外にでる、
時間は真夜中、空一面にはめずらしく隅々に覆われている厚い雲を見上げました、
おそらくそれは生涯に一度見ることができるかどうかの不思議な空でした。
空が曇っているのとはちがい一定で均一の厚みがあり、色は昼間みかけるように白く、雲には一点の隙間もちぎれもなく、
そして通常よりかなり低い位置にあり、東に西に北に南に、それは果てもなく空一面に敷き詰められた、
まるで一枚の広大な雲でできている絨毯のようでした。
それは少しの疑いも持てないようにとその事のために用意されたかのように。
私は願いを聞き届けてもらえた証はないかとさらに真上を見上げました、
私の住んでいたそのアパートの真上には、求めた徴通りのものがありました、
「まるで作られたように、きれいにくり抜かれた円柱状の雲の穴から月の光が射していたのです。」
見渡す限り切れ目もなく小さなちぎれもないその一面の雲に、見上げた頭上のそこだけがまあるい円を描くように切り抜かれた円柱状の雲の穴、
それは神に向かって訴えた誓約が聞き届けられたしるしであることはもう疑いようもありませんでした。
この時、身体を癒す約束を望んだ通りしるしで見せてもらい、その代償として誓約を結んだ瞬間でした。
これを読まれている読者の中には、他人の愛の為に生きると誓約するなど、よく恥ずかしげもなく言えたものだと言われる人もいるかもしれません、
でもその時の私には恥ずかしげも何もありませんでした、必死だった、それどころではない、生きるか死ぬかで恥ずかしいも何もなく、
人を憎んでこうなったのだからこう誓約するべきだとしか思い浮かばなかったのです。
願いを聞き届けられたか空を見上げに玄関を出て、そこに徴として見せられたあの時、
私は不思議な気持ちで一杯でした、
上を向いて空を見上げた私には、雲の上に、空の上に、まだ生きてゆける希望を見つけたのです。

 この後、私は他人の愛のために生きると誓ったことを半ば忘れたような刹那な日々を過ごしていました。
正確に言うなら、どうしてよいのか分からずにいたと言えばよいかもしれません。
ただ漠然と、多くの人々に触れるように本の形にしていったらいい、そう考えていました。
でもこの頃の私にはまだ本を書くだけの力量などあるはずもなく、しばらくは書き上げるための土台となる期間を迎えたのです。
まるでこの本を書き上げるために物事が起き、様々な人間関係がうまれ、整ってゆく。
本書で綴ったエピソードの大半を私自身が身をもって知るために。
本書を書き始めたきっかけはこうした、人を憎むという私自身の心の中にあった弱さや醜さにありました。
どんな人にだって過去はあります、そしてきっとどんな人でも変わる事はできるのだと思うのです。

 雲に円を描いたような円柱状の穴があいたのは偶然だったのでしょうか? 
夢でも幻でもなくて、生きるか死ぬかで泣き叫んでいた数日間の最後におきた出来事、
この日のことは忘れようとしても忘れられません。
問題の私の身体を蝕んだ奇病ですが、この後医者に通わずに2.3日の間にすっかり完治しました。
身体を癒やしてもらうための代償として誓約をし、神に向かって聞き承けてもらえるなら証として目に見える徴をみせてくれと訴えたのは、
今にして思えばわがままであったかもしれません。
人を憎んだ事を後悔し懺悔をしたのなら、しるしを見せてもらわずとも誓った通りに黙って人生を送ればよいのではないのかと。
しかしこの時の私は明日をもしれません、家族との縁が薄い私には人に頼って生きながらえる事すら困難だったのです、
そしてもしもこの世に神がいるのなら、きっとしるしを見せるくらいのことはなんでもない簡単な事だろうと勝手なことも考えていたのです。
もしもこの世に神がいるのなら、時々人間に、疑い様もなくその徴をみせるもの。
 この本のタイトルを日本歌謡史上最大のポップスヒットである「上を向いて歩こう」と奇しくも同じとしたのは、
ことはじめとなったこの日の出来事に由来しています、
口ずさむ歌詞はあまりにこの日の出来事に重なります、あの日、空をみつめた日から。

 話は変わりますが、私には見果てぬ夢がいくつかあります。
それは人が聞けばきっと笑っておしまいになってしまいそうなもの。
 ひとつは、この本は個人間の恋愛といったミクロなものに留まらず、一対一の愛からもっとマクロな、この世界に生きる者すべてが求めているもの、
誰彼となく人が人を支えあい、愛しあい、助け合い励ましあえるような、そんな愛で溢れた世界となってほしい願いを込めてこの7年間書き綴ってきました。
そして今まで長い間書き進めてきた私は、人々に向けて愛を綴ったものを書くからには私自身は無執着、無頓着、無欲であるべきと長く考えていたのです。
しかし数年前から少し考え方を改めるようになりました、この世のすべてのものはそれが艱難辛苦であろうとも、
何一つ人間にとって無駄のない、みなそれは愛の具象化した顕れにすぎないと考えるようになったのです。
金銭ですら神が人間に与えた愛の具象化したものであり、それはこの世界に溢れる愛を源とした血液のようなもの。
金銭そのものは決して不浄と考えなくなった私は、金銭を世界に溢れる血液とみなしているのです。
私がその愛の血液を外側である人々に向けて放つなら、足りなくなった私の許には益々補うように私のもとに流れてやってくる。
もしも外側である人々に向けて放つことをせずにいるなら血液は流れを失い、私の許にもやってこなくなる、詰まった血管は流れを止めてしまう。
愛を外側に、人々に向けて、そうやって益々私の許に流れやってくる愛は、それをさらに人々に向けて放つ、
血液は本来流れてゆくもの、愛は独り占めせずいるからこそ私達にも降り注ぐ。
私はこの書籍から得られる利益によって、日本のあちこちに、そしていつかは世界中に、土地を購入して畑にしたいと考えています。
働けない体であったり年老いた人、そういった人たちが食べてゆくのに困らないよう自給自足ができる畑が欲しいのです。
その昔、東京キッドブラザース主宰であった故 東由多加が思い描いたさくらんぼユートピアや、宮澤賢治が夢に描いた理想郷、IHATOV。
今思い描く次の夢は彼らが夢見た理想郷に重なっています。
そしていつしか人々が自給自足で収穫をもとに生活を安定させながら、その次は収穫した穀物を海外に持ってゆきたいのです。
アフリカでもどこでもいい、食べたくとも食べれない、働きたくとも働けない人たちが世界にはたくさんいる。
自給自足で畑で働きながら海外のあちこちの国に穀物を持っていって飢えを少しでもなくしたいと思う。
そう、今はあくまで夢。 でもそんな人が笑う夢を描く事を私はやめない。
この本が人々に買われ、多くの人に読まれてゆくなら、そこから得られる利益できっとできるはずです。
苦しい人や困っている人、悲しんでいる人たちは遠いいつかの自分自身、それはいつかやってくるかもしれない未来の自分自身の姿。
人に無関心でなんかいられない、私達には本当は誰一人と他人というものは存在しない。
今はすぐにできる事ではないかもしれません、書き上げたこの本が大勢の人々に読まれなくては話にならない。
思い描いた夢が一つひとつ叶えていけたなら、きっと触発も始ると思います。
誰かが始めなくっちゃ誰もやろうとしない、
だけど、誰かが始めたなら  ―――――  違ってくる。
もしも誰かがそうやって世界中の苦しむ人たちに向けて食べるものを分け与えるようになったなら、
きっと触発ははじまるはずです。
今度は施設を建てる人が出てくる、その穀物を調理する人も出てくるようになる、
医療も組織化されるようになって無償でみてもらえる施設を作る人だってきっと出てくる。
私のような一個人が一冊の書籍の利益で始めれるくらいならこの世にいる大金持ちだってそれみてきっと始める!
私は人間を信じている。

 触発となる最初の足掛けはまず国内で大勢の人に読まれること。
そののち翻訳されたものが海外でも出版をされること。
そうやって少しでも多くの人たちに読まれ、そして世界中の少しでも多くの志をもつ人たちに読まれたいのです。 
それはもしかすると無茶なことなのかもしれません、それでも私は諦めない、
いつしか愛の触発がはじまるように。
-------------------------------------------------------------

お読み頂いた通り、私には、生きている間にどうしてもやりたいことがあります、
まずは原稿が書籍化され、多くの方に読まれる事。
そしてそこから得た資金を基にし、働けない体の人や食べたくても食べれない人たちの手助けをしてゆきたい。
そのためにも一日でも早く進めないといけない。
ですが、私がこれまで書いてきたものは、今や巷で指す所のスピや霊能者など、
啓発系を書きたがる人たちに何度も盗作をされてしまい、(注へ)
結果、出版社に企画の話を持ち込むにも困難に思えては、何年もあきらめざる負えなかったのです。
時折興味を持ってくれる出版社と縁ができても、
まるで真っ向からのけんかをしたがるような、名指しを匂わせる話に変わってしまう。(「編集さんのそそのかし」を参照のこと)

話を戻しまして、こうした困難はついては回りましたが、それでも少しずつ着実に今後も進めてゆきます。
そこでですが、もし、これを読まれているあなたが、私のやろうとしている事に少しでもご賛同をいただけるようでしたら、
どうかこの私を応援してほしいのです。
時に毒舌でこんな私ではありますが、それでも志にはなんのブレも迷いもありません。
この先、私がやろうとすることは、どれをとってもひとりでできるものではないからです。
こうした私のやろうとしていることに少しでも興味を持ち、共感していただけ、ご賛同くださる方がおられますなら、
ぜひ気軽にこの私にお声をかけてください。
いつも黙ってこのブログに投票をしてくださっている方とかおられるようですが、感謝しても仕切れません。
そういった、少しでも共感していただける方ならなおの事、
私自身、そのような方と親しくさせて頂きたいのが本心なのです。




 名前の由来

 元々のネームはAIUEOやあいうえおなど、アルファベットやかな表記がメインでした。
これは母音だけで構成されており、どんな音よりも強く力のある言葉と信じているからです。
はじめに言葉ありき、そう言うじゃありませんか。 その中でも母音こそがはじめにあったろうと考えていたからです。
ですが今現在の漢字表記は、今から10年以上も前になりますが、数千人規模のネットワークゲームの走りであります、
ウルティマオンラインというゲーム内で、ある時人に付けられたのがはじまりです。
あいうえお、そして時に、母音だけで表した王と云う意味で、あいうえおう、をネームで使用していました。
ですがある時、かな表記のままでよいところを漢字変換をされ、
それがそのまま「愛上王」と変換されたのでした。
今日はなんでこんな名前の由来をお話するのかといいますと、
なぜ自分の名前に「愛」などという、
こっぱずかしいものを入れているんだと、疑問に思っている方もおられるに違いないと思ったからです。^^;




 家族構成

 これはよく遠まわしで聞かれるものですが、残念ながら未婚です。
奥さんはいるのかとか、裕福なのかどうか、そういったさぐりを入れてくる方がいますが、
そういうのは苦手です。
結婚する気はないのかといえばそうでもなく、ただ今は自分が扱っているこれらをまずは先にするべきと考えています。




 神通力について

 私はこれまで、そこかしこで自分は霊能力者ではないと明言をしてきています。
巷のいわゆる霊能力と呼ばれるものはあまりに定義があいまいと感じていますが、
霊能力、要するにもっと直接に言えばそれは神通力なわけですが、
もし誰かが多少は通力を備えていたとしても、
自在にいつでもどこでも好きなときに発現ができない限り、
それは能力とは呼べないと考えているのです。
それは言ってみれば車を運転するのにも似ています、
アクセルやブレーキ、ハンドル、こういったものを自在に満足に扱えない限りは、
多少は前に発進できた程度では免許など程遠いと考えるからです。

(通力を微細ながらも備えていった様子は他心通力についてや天眼を参照のこと。)





 2010年5月30日 愛上王


このページは今後も随時更新する予定です。





















(注)  これまで何度も盗作されてきたとお話をしたと思いますが、
もし少しでも疑問に思われる方は私の書いたものをぜひすみずみをお読みくださり、
相手方の書籍やサイト、ブログなどと比較をし、一度検証をされてみてください。
(相手方の見当をつけるにはまずは隅々お読み頂くしかありません。 私自身は名指しはしませんので。)
そしてその時、とても肝心なことがあります、
「もしも、自分が啓発系のモノ書きならば、いただいてしまうならどれがいいかな、と、
ご自身が作家になったつもりで読み比べ、検証をしていただきたいのです。」

そしてまた、直接表現そのままで盗作されてきたものもありますが、
バレにくい形にしやすい、改竄や焼き直しに向いているものはどれかなと、
これもまたご自身が作家になった気分で読んでみて欲しいのです。
こうする事により客観的に見つめる事ができるからです。
すると、無意識のつもりかもしれませんが、
そのほとんどは一般的な概念にみえなくもなさそうなものを主体に選ばれていると思います。
ですが、たとえ一般的な概念にみえなくもないものであっても、それが一人物の書いたものの中から沢山でてくるなら、
それは盗作をしていたと白状をしているにひとしいのです。

盗作はモノ書きの世界ではめずらしくありません、とはいえ決して褒められるものではありませんが。
たとえば田口○ン○ィが盗作発覚で大炎上したのは記憶に新しいですし、(この方は世間に盗作がバレ、盗作をご本人が認めました。)
その田口氏の持ちネタであり、書籍でもあった「聖地紀行」モノは、
あるスピ系の方がパクリ、今やスピリチュアル聖地やらパワースポットやらのはやりの源になっています。
最近のパワースポットばやりとは、こうしたパクリで連鎖をし、あちこちに飛び火をしたという、その標本のような例です。
しかしこうしてすっかり定着してしまうと、大元が誰であったかはわからなくなりがちになってしまうものなのですが。

YahooやGoogleで盗作作家で検索をするとあれよあれよと出てきます。






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 最近の近況になりますが、今日はいつにも増しまして、コメントの非公開希望が多すぎますw
まあでも、実にありがたいことなんですけどね、
いろいろ情報も溜まりにたまっていることですし、一度コメントで頂いた情報を整理してみたいですね。
そこでですが、コメントをくださる皆様にお願いです。

■ ハンドルネームはできるだけ統一をしてください。

■ 当ブログ管理人宛ての私信の場合には文のはじめに「非公開希望」と必ず書いてください。
書かれていない場合でも、私信と判断した場合は非公開にする場合があります。

■ あやしい霊能者(インチキと思われる)の情報をお寄せ頂く場合、
ある程度は伏字にしてください。
でないと当ブログはみなさんの持ち寄る情報が発端で戦争になりますw
必要以上に荒れてしまうということですね。
(過激すぎると判断した場合は公開しません)

■ 多くの人々に有意義と思われる内容の場合は、
コメントでなく、霊能懐疑掲示板に書き込みをしてください。
コメント欄に投稿の場合は、まず記事を読まねばそのコメントの存在に気づけません。
せっかくの有意義な情報も埋もれてしまいがちになるからです。
その場合、決して感情的にはならないよう、
罵倒等は控えてください。
感情的になっては揚げ足を取られるだけですので。

■ また、コメント欄にお寄せ頂く場合もそうですが、
宣伝目的と人々が受け止める部分があると判断した場合や、
インチキ霊能者さんらの(信者さんら含め)工作と判断しました場合も公開は致しません。
正直ですね、こういう世界ですから、当ブログのコメント欄を悪用する霊能者さん本人や、その信者さんらもおります。
言い訳や、当ブログ読者への人心誘導の為だったり、
霊能者さんらの自称お身内さんの、ほぼ怪電波、イッチャてる人の支離滅裂なグチやいいがかり、それはもう様々です。
その人らの思惑はなんであれ、そんなものにはお付き合いはできませんのでこれも非公開です。

■ 頂いたコメントには、必ずしもお返事ができるとは限りませんことも了承ください。


 私の記事で何かしらよいものがあると思われる方、
どうぞよろしくお願いをします。

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ここ最近の、非公開希望で頻繁にコメントをされています2名の方へ。

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 ここ最近の、非公開希望で頻繁にコメントをされています2名の方へ。

 どちらの方も相談事?のようにも見えますが、
まず、「霊能者そのものの鑑定」に関しましては、以前にも公言しました通り、
ただいまは休止中です。
これは、その方のブログなりサイトなりを、半日や一日がかりで読まねば把握できないことが今現在はしばしばだからです。(巧妙化であり多様化です。)
せっかくの休日が他に何もできなくなってしまいます。
ですので今は休止していると該当コンテンツ内でも説明をした通りです。
今は受け付けませんので「その手の内容の鑑定依頼を何度も何度もするのはお控えください。」
正直、非公開希望とのことで何度も何度も鑑定してくれと来ますと、
非表示が多すぎて怪しくみえてしまいますし。

もうお一人、霊能懐疑掲示板での様子に関してコメント欄にて書き込みをされておられます方、
非表示希望での連投が上記の方同様に非常に多いですが、
不倫関連について問題を起こされている自称霊能者さんに関する内容なのまではなんとなくは分かりますが、
申し訳ありませんが、内容が飛び飛びだったり話がさっぱり訳がわからない箇所がふんだんにあります。
当ブログのコメント欄はどこかでみかけるような掲示板ではありませんので、
申し訳ありませんが、とりとめのない、内容を整然として頂かない限りは、今後はコメントはお控えくださいますようお願いをします。



少し、私も柔らかくでなく、ハッキリズバズバと言ってしまいますか。
鑑定依頼は受けていないのをコメ内容を読む限り以前から理解されておられる方。
そそのかされたのかは知りませんが、金銭や仕事運が上昇すると言われてお札だかなんだかを購入されたようですが、
即席でなんとかしようという気持ちが強すぎますよ。
この私に対しても誰々を鑑定しろコメが多すぎます。
しかもその霊能者に金を払っていて何時いつに会うからとか、
それまでに鑑定しろみたいな強制はやめてください。 余計に鑑定する気にはなりません。
自称霊能者に頼ることそのものが自分で未来を拓けないと言っているようなものです。
正直、しつこすぎます。
鑑定は今はやってません。
いくらいくらの料金をすでに払っていて、もし偽者と鑑定をされたならお金を返してもらうつもりでいるからとか、
余計に鑑定する気にはなりません。
その霊能者にお金を返してもらうとき、この私が偽と言ったから返してくれと言いかねない。
その方と私との間でトラブルになるでしょうが!

そもそも、世に言う霊能者や自称霊能者などといったものをこの私が信用してるとでも思いますか?
「霊能者」が100人いれば99人はほぼ偽者か、思い込んでいる病気です。
うちのブログも開設して結構月日も経ちましたね?
見分け方のコンテンツを充実させてきたわけですから、今更いちいち私に聞かなくともそのあたりを読めば真贋はわかりそうなものですよ。
それと、誰々という霊能者が偽ものか本物かを見分けて欲しいといった内容ですが、
誰々は偽とか本物とかいった表現での鑑定はしてきていません。
http://firstdoor.jugem.jp/?eid=115 ←よく読んでみてください。
鑑定依頼を受けて、「誰々は偽もの」みたいな表現をすればトラブルになるでしょう?
なのでなおさら、誰が偽とか本物とかいった表現での鑑定は致しません。
もちろん記事上ではインチキや偽といった表現を使うことはありますが、
それは人々の目からみても明白なインチキが露呈している場合になります。
よって鑑定コンテンツでは偽とかいう表現はしません。
その方と私が争うことにもなりかねません。
そんなアブナイ表現で誰が偽とか本物とか、私の口から引っ張ろうとしないでください。
これらがお守り頂けないようでしたら以降のコメントはお控えください。


不倫をしている霊能者の件に触れておられます方、
不倫霊能者など、今更人に真贋を聞かずとも、もうそれだけでわかるはずですよ。
それに、不倫でいろいろ振り回されている側の女性たち?を助けてやってくれみたいなコメントもあったようですが、
奥さんのいる自称霊能者と深い関係に皆がなっているわけでしょう?
少しは全員痛い目に遭うべきではないのですか?
その方の奥さんの立場からすればですよ、亭主である自称霊能者も女性たちも、訴える相手なんですよ?
決してその霊能者をヨシとは言いませんし、いい加減にしろとしか思いませんがね、
女性たちも奥さんがいることを分かっていながら関係を続けておいてですよ?被害者ぶってるその女性たちはなんなんでしょうね?
助けてあげてだかなんだか知りませんが、なのになんで私がその人たちの間に入らねばならないんでしょう?
まして本人らから頼まれたわけでもないのに。






さて、ここからは前回の記事の続きになります。
いくつかだらだらと書かせてもらおうと思いますが、
今日はやや爆発してしまいましたね? コメント関連についてですがね。
そのですね、正直、精神世界系統なり「スピリチュアル系統」なり、はたまた「霊能者関連」にのめりこんでいる人たちというのはですね、
以前に書いたかとは思いますけど、少しばかりですね、現実逃避というかなんというか、
まあ正直ですね、ぶっ飛んでいる方が多いです。
適当な言葉が浮かびませんけど、一昔二昔で言えばですよ、変な宗教に入れ込んじゃっている信者さんの様な、とでも言えばいいでしょうかね?
正直、特にスピ関連にハマっている方やどこそこの霊能者ーとかでハマっておられる方はですね、
世間一般のそうした事柄に縁もゆかりもない方たちと比べて、ぶっ飛んでいる、逝っちゃっている方の比率が異様に高いです。
なので以前にも、こうした関連のブログをやっています以上、逝っちゃってる方らからの電波のようなコメントや、
信者さんら方からの逆切れ粘着のようなものはあります。

例で言うとあれですかね、盗作神示などが大量に発覚した、例の「ア○○氏」の側近さん方とか。
正直ですね、話にスジが通っていない内容で突っかかってくるコメントの場合、ルールで定めた通りに放っておけばよかったと思っています。
というのもですね、
どうやら、「ア○○氏」の側近と、以前にスジの通らない突っかかりでコメをしてきた人らが組んで粘着してくれているからなんですが。

P○氏の経緯は、うのブログでは一部「引き寄せ」に関連した記事を書いていた時期があるんですが、
シークレットやらエイブラハムやらなんだか知りませんが、
それらは以前からの書物の内容の焼き直しなんだとか。
それはそれで結構なんですが、そのことでこの私にコメントで噛み付いてきた
・・・・・・・・・・
だからなんでしょうね? 正直このあたりでこわくなったんですよね。
だってこの私と、シークレットだかエイブラハムだかとはなんら関係がない!
彼らの信奉者でもなければ肯定者ですらない。
なのに彼らの件でこの私に突っかかってきた。 というより噛み付いてきた。
その後、有名ブロガーであったヒトシ氏を肯定した記事を読んだらしい「P○氏」はこの私にさらに突っかかってきた。
誰を肯定しようとこの私の自由でしょうに。
その後、うちのコメント欄に、あの、私の記事を何度もパクッた小杉律子女史の「取り巻き」と思われる人から不快なコメントがあり、
それを指してあの方の(小杉律子)の周囲の者だろうとコメント内で書き込んだら、
P○氏は自分のことと勝手に勘違いし、またも突っかかってきた。
勝手に妄想しておいて突っかかってきておいて謝罪しろだとか・・・
そもそも、このP○氏、あまりに突っかかってきたがるので、私はP○氏に対し、以降はコメントをしてきても読まないと宣言し、放っておいたのですが、
読まないと言いながらも自分のコメントを読んだじゃないかと、この私をウソツキ呼ばわりして吹聴している方。
ええ、そりゃあ彼が以降にコメントをしてきて読みましたですとも。
でもこれ、開き直りでもなんでもありません。
なぜなら、P○氏は、以降、投稿時に「名前を変えて投稿してきた。」
そりゃあ読んでしまいましたとも。
なのにP○氏は自分のコメントを読んだから私をウソツキだとか吹聴するって・・・
正直ぶっ飛んでます。 (この名前を変えて投稿してきたのは当然彼は黙っているわけですが。)

ア氏の側近 プラス、このP○氏。

そして、ア氏関連で元側近さんらが大変に詳しい内部事情や情報をこの私に下さっていた時期、
同じように話が飛躍された内容でコメントで突っかかってきていた大阪○○氏。
ア氏の元側近ら大勢は、これ以上騙され続ける被害者を減らして欲しいとこの私に訴え、
様々なア氏のイカサマぶりを教えて頂いておりました。
(ア氏関連の騒動の中でそうした中でもっとも目立つのは、盗作神示の盗作元など。 他にはセクハラの件など。)
そうした中で、ア氏を叩いてその信者がこの私に流れ込むとか、話が飛躍しちゃっていた方が大阪○○氏。
なんでこの私がそんな大量盗作をして信者をだまし続けてきていた人の、
ましてやなんでもかんでも鵜呑みにしてしまうようなその方の信者さんらを欲しがると考えたがるのか・・・・・・・
話の飛躍ぶりがトンでもない。
P○氏にしろ大阪○○氏にしろですが、思い込みと話の飛躍が凄すぎます。
それと、どうやらこの大阪○○氏、それ以降はこの私が「見性」に関した記事を書くと突っかかってくるようでした。
「見性」などはですね、決して大悟なんかではないです。(それに、そうそう維持できるものではありませんし。)
なのに嫉妬心なのか、こうしたくだらないことで突っかかってきたがる・・・
そもそも自身を尊大にみせたいのか、初コメントで人に向かって「お前呼ばわり」。
当然相手にもできない人なんですが。
この大阪○○氏 + P○氏 + ア氏の超側近。 この三人がア氏とのごたごたの時に組んだらしく、いまだに粘着されています。
(私のことでめちゃめちゃなことを言ってるラシイです。)

ナニが言いたいのかと言うとですね、
P○氏の突っかかってきた時の様子や、大阪○○氏の突っかかってきた時の様子なりを緻密に見ていただければなんとなく分かるかとは思いますけど、
相手にしてしまうとロクなことにならないコメント投稿者は居るということ。
特に話が飛躍してたり変な思い込みをするような方にはなおさら用心したいと思っています。
スピ関連にのめり込んでるような方とかにこういう人の比率は高いと以前からも感じておりますので、
「ロクなことにならない」と判断しました場合にもコメントは公開致しませんし、お返事も致しません。

なんでシークレットだかエイブラハムの書物の件でですよ、まったく無関係なこの私が噛みつかれねばならないのでしょうね?
こんな表現はあまりしたくはありませんがね、正直、逝っちゃテルでしょう?


今日はこのコメント関連に関した話題でもうひとつ。(というか私信でもありますが。)

非公開希望でのコメントにて、話が右に行ったり左に行ったりなど、いくつも話題がコロコロ変わりつつ、
約2000文字の長文コメントを、更に4つも5つも様々な内容で同じ日に連投してくる方!
いいかげんにしてください。
非公開希望とか言ってるので、内容が第三者に気づかれないようにしつつ、返事も工夫して書かねばならない。
これがどれだけ大変なことか。 普通に返事する時の数倍の時間がかかる。
それが長文で5つも来た日には、返事を書くだけで数時間、書き終える頃には就寝時間。
非常にくだらないことです。
こんなものにも今後は返事はできません。
それに、読んでみるとどうでもいいような内容だったり・・・・
疲れますわ。
非公開希望というのは、霊能者関連などで自分の身元や相手の重要情報が漏れないようにするためだけにしてほしいものです。
くだらないどうでもいい話の時はむやみに非公開希望とかナシです。
あくまで希望でしかありませんので、ブログ主の采配で公開が有意義と判断すれば公開もありえます。
それと、この度々長文コメントをしてくる立川の方、私にウソをついたり、
時折、別の霊能者の件で突っかかってきたり、まるで小学生のような罵詈雑言をコメントしてきたり、
かといえば、とても親身に心配してくださっている風なコメントも最近頂いたりしてるようですが、
内容にウソがあったのでもはやお相手はできませんので。 
コメントはお控えください。
でないと、罵詈雑言コメント、今はあえて非公開にしてますが、IPアドレスと共に公開します。




ここ最近コメントのお返事が遅れております皆様方、申し訳ありません。




 私の記事で何かしらよいものがあると思われる方、
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ここ最近来られるようになられた方に当ブログの近況について & 他心通力公開実験素養者募集


 ここ最近来られるようになられた方に当ブログの近況について & 他心通力公開実験素養者募集

 2018年5月現在、当ブログの現況はご覧の通り、PCからアクセスされています方はよくお分かり頂けます通り、
以前からの記事の多数が非公開扱いとなっています。

当ブログのコンテンツはいくつかありますが、別サイトで始めました1996年当時からの原稿群のそのほとんどは当ブログ内ではクローズドとさせて頂いており、
霊能者の見分け方もまた同様にクローズドしております。
数々あるコンテンツの中でもメインコンテンツと呼べる記事ばかりが非公開となってしまっておりまして大変に申し訳ありません。

このあたりについて説明をしておきますと、特に去年の春ですが、2017年3月より、それまで11年間断筆をしていました原稿の執筆を再開しまして、
1996年より2006年までに書き上げておいた原稿、プラス、当ブログ内の記事を更に清書しました上で2017年5月15日にようやくですが原稿を仕上げております。
よって大変に残念ではありますが、今現在リンクが切れています記事の大半は原稿の紙面向けということとなり、
書籍化時にこそ、また皆様の許にお届けできるものと思います。


コンテンツの中で現状ほぼそのままで残っていますものは霊能者観察日記がメインですが、
これはお読みになられる方の中には奇異に映る方もおられるかもしれませんね。
当ブログのそもそもの主旨はいくつかありまして、
ひとつは1996年当時から書き上げてきました「上を向いて歩こう」とその続編にあたる記事群。
更にもう一つが霊能者関連の見分け方や現状を多くの方々に知って頂き、霊感商法の被害に遭われないようにするというもの。
こうした主旨の許にブログを続けてきたわけです。
ですので自称霊能者さんや教祖さんらの側近さんらに様々な内情暴露等、訴えを頂くことも頻繁にありまして、
時にそうした方らと摩擦する様子も読者の皆様と一緒にですがつぶさにみつめてきたわけです。
ですので観察日記内ではそうした教祖や自称霊能者さんらとの間で起きた摩擦の様子も多くの読者にあえて見届けてもらえるよう当時から記事として残してきたわけです。

当時、そうした渦中に身を置いていました頃は整理も仕切れないほどの大量の情報を日々非公開希望でお寄せ頂いておりました。
中には未だ公開をためらうものもありますが、
偽霊能者や教祖さんらの深刻なタイプのセクハラ問題や、個人的な金銭搾取等、あまりブログ内では公にはしてはきませんでしたが、
こうした精神的、肉体的、性的、金銭的に傷つけられていた方々が大勢おりました。
もっとも、読者の多くの方はそうした表には出ていない内情を知るよしもありませんので、
この私がそうした偽霊能者や教祖さんらと摩擦をしている中であきれていた方もいるかもしれません。
私はこれはいつだかのコメントでも残した記憶がありますが、私自身は摩擦の渦中での汚れ役は大いにけっこうなのです。
そうした偽霊能者や教祖らの無茶な言いがかりや暴れっぷり、妨害工作など、様々なことをされてはきましたけれども、
そうした様子こそを多くの読者の皆様に観て頂き、その方らの真贋を見極めて頂けたらよい。
こうしたことは以前にも記事のいづれかで記した記憶がありますが、当ブログは元々がそうした主旨もコンテンツのひとつなのです。

あえて今回こうしたこと、当ブログの主旨をあらためて公言をしますのも、
2014年の中頃あたりからは当ブログも休みがちとなりまして、以前のように日に1万人やらウン千人が来ていた頃とは違い、
当時の様子や主旨を知らぬまま読みに来られる方が大勢だろうと思い、今回記事としている次第です。

実際、当時は多少は触れた記憶がありますが、インチキ教祖さんらに数千万騙し取られて実は裁判中だとか、
性的な奴隷のような扱いを受けていただとか、オセロ中島のように寄生されて10年間の間に2千万の損害を受けた方など、それはもう様々な訴えを頂いておりました。
(被害に遭われた方から当ブログに記事として体験談を寄稿されています。)
まあ中にはそうした裏事情も知らずにですが、やれ霊能者批判だとかケチをつけたがる人もおりましたが。

当時、私や読者らの協力の下、その教祖さんの元側近さんら大勢の協力の下、実質壊滅となってしまったカルト宗教団体もありました。
そんな過程もありまして、この私のことが面白くないと逆恨みをされておられる人も未だに何人かはいらっしゃるようで、
ブログ等で懸命にこの私を貶めようといまだに躍起になっておられる方もおるようです。
私は、そうした方らのブログをみつけたなら読みに行くなとは言いません。 どうせ読むのならしっかりと読み、その上で各自が判断したら良いと思っております。
私はこれまでやましいことは何一つしておりませんからね。

 さて、今後の当ブログですが、今、ようやくですが勝負に出るべき原稿が手元にありますので、
まず今は動きます。
その上で、一つ目のゴールを迎えた後、当ブログも再び以前のように大勢の読者の皆様と盛り上がってゆけるものと思います。




 あと、この事に触れるのはもうあまりしたくはありませんが、あえて伝えておきます。
今後は私の記事や過去の日記サイト、過去の運営していましたCuteGirlsJapanや、
現行ブログ個人ブログ等から私の文章を盗作したりバレにくいようにとする狡猾な焼き直しパクリなど、
発見した場合には弁護士を付けた上で損害賠償請求します。
私はこれまであまりにも盗作をやられすぎてきましたからね。


 あともう一つ、ここ最近は個人ブログの方で話題にすることの多くなりました他心通力ですが、
ニコ生やツイキャス等での公開実験での生配信におつきあいしてくださいます素養のある方を募集します。
顔出しは無しでもまったくかまいません。
もしご自身で他心通力の経験が過去にあると思われるなら、コメント欄からでけっこうですので体験談をお寄せ下さい。
どの程度他心通力の素養があるか、体験談を読ませて頂ければ私には分かりますので。


2018/05/15 3:34:06




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限定販売 愛の力 人生最大の鍵 世界で初めて明かされる黄金の秘儀


 限定販売 愛の力 人生最大の鍵 世界で初めて明かされる黄金の秘儀


 突然なのニャが、今日は作者はお休みなのニャ 

 というわけできょうは、われらにゃんこ戦隊、にゃにゃレンジャーの末端戦闘員に復帰した、
さすらいの黒猫、にゃんにゃマンが話をすすめるのニャ。

作者のやつはにゃ? 今から一ヶ月前、10ヶ月ぶりに、原稿と企画書を送ってなんとわずか二日でにゃのだが、超有名出版社のしゃちょさんから、読んで面白かったです、ぜひ出版のおなはしをしましょう 
と言って頂き、ついにみつかったと喜んではいたのにゃが、
にゃんと! にゃんとであるが! 数日前に自分からお断りのメールをしたそうにゃ! じぶんのやりかたで読者に届けるのにゃと。

まえからいつも思っていたのにゃが、やっぱり作者は大馬鹿ものにゃ。

でだ、地道にコツコツやるとか言い出してだにゃ? スグにでも読者に読んでもらえる電子書籍からはじめたのニャ 苦労すると思うのにニャ−。

作者が言うにはここ2週間くらいの間に文章を読みやすく直したり言葉が足りてなかったのもアレコレ直したそうにゃ。

きょうはにゃ?作者のやつがこれまで人々にはこっそり秘密にしてたことをここでバラすのにゃ!
あいつ、こんなことを言ってたのにゃが。



 愛の力 人生最大の鍵
世界で初めて明かされる黄金の秘儀

それはパラダイムシフト、遂にやってきた黄金の価値観の時代の幕開け。
実は愛の法則をここまで明白に明かしてきた者はこれまで誰一人としていないのです。
なぜならこれは高級神霊によって世界で初めて明かされる黄金の秘儀。
それは人類史上、有史始まって以来、古今の聖者らにすら今まで誰にも明かされる事なく、誰も知ることのなかった秘密がついに明かされます。





世界初公開となります愛の法によって実る愛の果実には以下のようなものがあります。

■ 美と若さを得る法
■ 
異性や人々大勢から愛されるもの
■ 
幸福を得る
■ 
不幸を治療する
■ 
最大最上の開運法
■ 
神通力である他心通力を得てゆく
■ 
神仏に愛されて加護を得、守護神となってもらう



この中でもしどれか一つでも欲しいと思ったなら、この本はあなたにとてもオススメとなります。
もしいくつも欲しいと思ったなら、この本はあなたにとって一生モノになります。
この書は読む人にとって一生モノとなるように、1996年より書き始め、完成したのは2017年の5月。
書き上げるのに21年と、細かな誤字脱字の修正、言葉足らずだった点の修正、こうした読みやすい文章に直すのにさらに1年、
じっくりと時間がかかりまして、計22年かけてようやく読者の許に届けることができました。

この書に記された効能は、「精神世界と現実世界の融合した究極の極み、集大成なのです。」
この本を手にした時からあなたの人生に愛というとけることのない真実の魔法がはじまります。




今回、この電子書籍の販売はあくまで期間限定になります。
この電子書籍は紙書籍化を計画していますが、引き受けて頂ける出版社がみつかりましたら、
紙書籍化される時には電子書籍での販売は終了します。 よってAmazon Kindleでの販売は今だけになります。

スマホやタブレット、KINDLE端末でいつでも好きな時に読みたいなら!ぜひこの機会をお見逃しなく。



 あいつこんなことを言うのニャ! ナマイキなのにゃ!
きっと誰かに教えてもらったことを書いたにきまってるにゃ。
と思ってこっそり読んでみたら、やっぱりそうにゃ。

作者が言うには、愛の力には上に挙げた他にもたくさん効能があって、まだまだ秘密にしてるものがあると言ってたのニャが、
今日はみんなに少しだけ教えちゃうにゃ。
でもほんとうはこれは、人々に教えるのはよくないと悩んでいたのをいつも観ていたから、我が輩もチョトだけ心が痛むのにゃ。
愛の法、愛の力は、実は玉の輿に乗るための最短最速の現実的な法でもあるらしいのにゃ。

ここからは作者のやつが言ってたことを思い出して再現フィルムなのにゃ。

 以前、前作でもシンデレラを題材にした話を書いたように、
心清いシンデレラは王子に見初められて結ばれるものなのニャ

どれだけ継母や義姉にいじめられようとも、けっしてくさることなく清い心を持ち続けたシンデレラは
その心に相応しい王子に見初められるというもの。
キミもこどものころに読んだことあるはずにゃ!
物語そのものは創作の童話であっても、この真理はこの地上世界で今でも真実なのニャと。 あいつは言うのにゃ。

愛の力は実は、今の自分よりも精神的にも物質的にも、ステージが上の人と縁を作るものであるのだと作者は言うのにゃ。
でもあいつは、そうしたことを人々に知らせて、人々に欲をきっかけにさせてしまうのはあまり好きじゃないっていうのにゃあ。
こうしたことをあの作者はすごく悩んでいたのにゃ、ここ数ヶ月のあいだにゃ。
だから効能の箇所にこうしたことをあえて盛りこむのをしてないそうにゃ。

だが、我が輩は言ってヤッタのニャ。

欲であろうがなんであろうが、人々が扉を開けるきっかけなんか、どうだっていいのにゃと。

それがどんなきっかけであろうと、世界中の人達が自発的に愛の人になる。 それならいいのにゃ。

このへんで本文から一部こっそり抜粋なのにゃ。 (PRのもくてきなら本文の10%以下は公開してもあまぞんも認めるんだってさ。)


扉を開く前に、私の人生を一変させた彼の言葉をここに挙げておこう。

愛の力が込められた、愛の法はね、神様が人間に幸せになれるよう用意してくれたものなんだよ。
どんな儀式も魔術も必要ない。 お金がなくったって関係ない。
神様は人の中にたくさんの宝物を用意してくれたんだ。
誰の中にも尽きることなく溢れるほどに眠っているもの、
人間誰しもが幸せになれる法、それが愛の力なんだよ。
せっかくの神様からのプレゼントを使わないなんてとてももったいないことだね。

「Copyright c 1996-2018 愛上王 All Rights Reserved.」





作者はこんなことも書いていたのにゃ。


 料理と愛

 君は愛情をこめて作った料理はとても美味しいのは知っているかな?

さあどうだろうね? 食べたことないからよくわからないよ。

君はいつもおかあさんに食べさせてもらっているんじゃないのかい? そこには愛情が詰まっていると思うけどね。 
愛する人や家族に料理を作る時、愛情込めて作られたものはより美味しくなる。 愛する人の顔を知っているからより愛情が具体化して料理にも愛が投影するんだよ。
でもこれはおかあさんの作る料理ばかりじゃないんだ、これと同じ事が街のレストランでも言えるんだよ。 食べに来てくださるお客様の顔を見て感謝の念を抱き、愛情をこめて作る料理人の料理はより一段と美味しい。
これは一流の料理人が普段ごく普通にしていることなんだ。

実際は忙しくてお客様の顔を見ている暇のない料理人であっても、お客様に感謝と愛の念で作る人の料理は同じように美味しいんだけどね。 でも顔を見ての方が愛情も具体化しやすくなるんだよ。

そのあたりの違いをできるだけ具体的に教えてほしいな。

たとえばデーブルにいるお客様である家族の団らんを観て、その楽しそうにしている親子やカップルの様子からより愛情こめて尽くそうと心が湧き上がるからと言えばいいかな?
こういう愛の習慣がついてくるとどんなお客様にも愛情をこめて料理を作るようになる。
それとね、まだ見習いの料理人であっても、こうして実際に食べる人の事を愛情をもって大切に想いながら作るようになるとね、どうしたらより美味しいものに仕上がるか常に考えて作るようにもなる。 だから上達も早いし、より美味しい料理が作れるようになってゆくんだよ。 つまり愛は上達の最上の秘訣ってわけさ。 

ねえ、君は人間でもないのになんでそういう事を知っているの?

僕はよく人間になりすましてあちこちのレストランに食べにいくんだよ。 僕たちはそのお店に美味しくなったかなって時々は現れるんだ。
そうしたお客様に愛情込めて料理を提供するお店はやがて評判になり、益々繁盛していくようになる。 云わば僕たちは福の神ってところかな?

どうかな?これで少なくとも世界中の料理を作る人たちは僕らの世界の思惑通り、なすがママならきゅうりがパパだよ。 ハハハハハ

そう言いながら彼はいたずらっぽく笑っていた。 彼は時々こうしてわけがわからない事を言うクセがあるようだ。
ねえ、君の言う僕らの世界の思惑ってなんだい?

それは世界中の人たちが愛の人になってこの世界を埋め尽くすことだよ。

今例えたのは料理を作る人だけどね、それだけにとどまらないんだ。 色んな国の様々な人たちだよ。 どんな職業の人もこうして愛を込めて仕事にあたるようになると一流と呼ばれるようになるし、愛の念で努める企業は益々栄えてゆくんだよ。
特に日本人にはこうした人が多い。 どんな職の人も誠実にお客様のことを考えている人が多いから日本製のものは丈夫で長持ちだし、職人は使う人々のことをよく考えて作るからボルト一本締めるのでさえしっかりしてる。

しかしこれは職業に限らないんだけどね。 たとえば親とかね。 あっ、そうだ、教師とかもだよ、人の成長を助ける立場にあるこうした人たちはなおさらなんだ。
接してゆく人々がより愛の人になるよう、その務めがあるんだからね。 子供を育てるのはそこにも大きな神聖な意味がある。 人を愛に溢れた人に向けて育ててゆくと言うね。
だからこれからの時代は進んでる学校ほど勉強ばかりでなく愛を教えるようになるよ。

今日はなんだかとても気分いいから君ともう少しお話ししようかな? って思うんだけど、どお?

そりゃ聞きたいさ。 君はもうじき僕のもとに来なくなっちゃうっていつだか話してたし、君のものは全部僕のものにしたいなぁ。

よし、じゃあここで君にだけ秘密の話をしちゃうけどね、どうして日本人ばかりがこんなにも愛情を込めてものごとや人々にあたるのか、その秘密、知りたくないかい?

ああそれはぜひ聞きたいね。 僕の親戚に日本人と結婚した外国の人がいるんだけどさ、彼は日本がとても大好きで、いつも自分も日本人のように成りたいって熱く語るんだよね。 彼にその秘密を教えてあげたいな。

じゃあ教えてあげちゃおう! フフフ それはね、他の国にはその習慣がなくて日本にだけあるものなんだけど、日本人は毎食ご飯を食べる時、必ず食べ始める前にはまず、「いただきます」と言い、食べ終えたら今度は「ごちそうさまでした」って言うだろう? これにはそれぞれ3つの感謝が込められているんだ。
それは自分の身をやしなう恵みとなる食べ物に対し感謝の気持ちを表し、恵みを私達に与えてくれた神にも感謝の気持ちを表し、さらには料理を作ってくれた人にも感謝の気持ちを表しているんだ。 
「いただきます」と「ごちそうさまでした」、それぞれにはこうして3つの感謝が込められていて、食事のたびに計6つの感謝の気持ちが表されるんだよ。 君にはいつだったか話したと思うけど、感謝は愛の一側面なのは覚えているよね?
日本人は毎食ごとにこうして感謝という、愛の念で日々生きるのを当然のように常としているんだ。 だからこんなにもどんなことにも誠実に愛を顕す民族になったんだよ。
そしてこうして日々を愛の念で生きる民族、日本人だからこそ、日本はこんなにも豊かな国になったんだ。 さらに、日本が特に治安がいいのはこうして日々を愛の念で生きる人が多い事のその自然な反映なんだよ。 つまり愛こそが楽園を作るみなもとだって言うわけさ。

これはイイことを聴いたぞ。 僕の親戚に話したらきっと喜んでくれると思うよ。 今日も色々教えてくれて本当にありがとう。

「Copyright c 1996-2018 愛上王 All Rights Reserved.」



◆ 天使と過ごした1週間

 邂逅、それはある夏の日

 それはある遠い夏の日のできごとでした。 あれから随分と月日が経ち、今になって彼の言葉の数々を思い出します。 
彼はほんの数日間だけでしたが自分の好きな時にきまぐれに僕の前に現れ、とても奇妙なことに僕の知りたいことを教えてくれると言い、その為に僕に会いに来たのだと言った。
彼の見た目はおよそ成人前くらい、奇妙なことは他にもあり、身体は透けているかのようにもみえる。 お互いに挨拶はしたのだが、はじめの数日は名前だけはなぜかにごされてしまったのだ。
いつも名前を訊くと、にこやかにしながら、そんなものはどうでもいいじゃないか、ってね。
無論、怪しくもあるので僕はなぜ名前を名乗れないのか会うたびに問い詰めた。 すると結局様々な約束をさせられることとなり、条件付きではあったがようやく名前を教えてもらったのだった。
彼の条件は3つ。 一つ、出会った場所は秘密にすること。 二つ、人にはどんなことがあっても決して自分の名前を教えないこと。 三つ、伝えた話は文にしてもいいが必ず空想の話としてまとめること。 
このあたりのことをなぜなのか彼に問うたのだが、なんでも偶像崇拝になりかねないのだと言っていたのを覚えている。 僕にはそのあたりのことはよく分からないからどうでもいいんだけどね。
そして、出会いの場所を人には漏らすなと厳しく約束してしまっているので、とても残念だけど出会いの物語は書いてはいけないらしい。
僕としてはそのあたりを人々に読んでもらえると嬉しいんだけど、彼が言うにはそんなことよりも僕に伝えた事を多くの人々に明かす方が大事だって言うんだよね。
でも、彼の名前は言えないけど、彼がどんな存在なのかだけは、読み進めれば少しづつ分かるように書いたからね。

というわけで、だからこれは誰がなんと言おうとも、すべて僕の創作です。

 彼は僕に伝えたいことがあると言い、これまで様々なことについて対話をしたのだが、そのすべてはノートに書き残しておくようにとも言った。 それはいつか多くの人に読まれるようになるからだとも。
彼が言うには僕に伝えたことはどれもが宗教ではない、ごくあたりまえの事なのだとも言っていた。 そのどれもが本当は普遍的な事なのだと。 彼が一番初めに僕に伝えた言葉をノートから掘り起こし、まず初めにここに記しておこう。

心がすべてを造るんだ。 人生のすべてを。
心を粘土と考えてみる。 色んな形があるよね? くぼみもあれば出っぱる部分もある。
別の粘土で心を覆ってみる。 同じ部分が同じようにくぼんで出っぱる、それが容姿だ。 容姿とは心そのものの顕れなんだよ。
さらにその上を粘土で覆ってみる。 同じ場所が同じようにくぼんで出っぱる。 それが自分の外界、日常を取り巻く生活圏なんだ。
心に相応しく自分も周囲も彩られるんだよ。

僕はいつも彼の言葉をペンを握りしめて急いで書き残した。 だから一字一句まで正確な文というわけではないし、時には要点だけを走り書きし、あとでまとめたものもあるが、どうやら彼がこの時伝えたかった事は心のあり方がすべてを創っているということらしい。
彼には様々なことを教わり、質問をし、様々なことについて話をしたのだが、これは実に残念な事なのだが、せっかくノートに書き残したものが実は一部紛失して消えてしまっている。
しかし幸いなことに残っているものの中にこそ大切な事のほとんどが記してあった。 おかげで多少順序は入れ替わったりするが、その時の様子を更にここに記してゆこう。

 「Copyright c 1996-2018 愛上王 All Rights Reserved.」


 
 はじめに  愛の力 人生最大の鍵 真の愛の全体像

 私たちは普段、愛を恋愛や友愛、隣人愛、恋人同士や夫婦間の愛、そうしたものと片付けてしまいがちな生活を送っている事が多いものです。
そう、実は多くの人は愛の本当の力をあまり知らずに、普段私たちは愛という言葉の中の、ごくごく片鱗しか気づかないで生活をしているのです。
しかし実は愛はすべてを満たしてくれるみなもとなのです。 愛はあらゆるものを与えてくれます。 なぜなら愛こそが宇宙最大の積極性原理だからなのです。
愛以上に力を持つものはこの地球上はもとより、宇宙のどこを探しても見つかりません。 それがなぜなのか、その秘密も本書で明かしてゆきます。

本書で述べてゆきますものは「愛の法則」といっても過言ではありません。 愛は行ってこそはじめて完成され、日常生活の中でこうして実際に愛を具現化するごとく行動に移してゆくようになると、
意外に思われる方も大勢いるかもしれませんが私達を取り巻く環境は好転してゆくようになり、さらに身体と心にも大きな変化が起こるようになります。
その顕れる変化はいくつもありますが、まず容姿が美しく、まるで若返ったかのようにみえることすらあります。
実は愛は最大の美容なのです。
 容姿はその時、その持ち得る骨格の中で最上とも言える姿を獲得します。
人間の容姿は実は生き方次第で獲得してゆくものに大きな違いが顕れるものなのです。
多くのテレビなどで活躍している女優は元が美しいからこそ年輪を重ねても美しいのだと思われている方も大勢おられますが決してそうではありません。
生き方の姿勢一つで美しくも醜くも年老いてゆく方が沢山おられます。

 これを公表するのはとてもはずかしいものがありますが、私が生き証人なのです。
これらはみな実話ですが、 2002年8月3日、私が38歳の時、 ご存じの方も大勢いらっしゃる事と思いますが、
故 東由多加(ひがしゆたか)が主宰していた劇団、東京キッドブラザースの「ファンの集い」という、実際に舞台を観ていたファンが集まったオフ会が原宿で行われました。
この時、東京キッドブラザースの女優であり、「ファンの集い」主催者3人の内の一人である、岩井レイ子さんに、あなたは本当は22歳くらいなんだろうと真顔でしつこいくらいに何度も尋問をされたのでした。
この時は岩井レイ子さんにばかりでなく、他の主催者男性にも尋問を受けています。 演目、「青春のアンデルセン」を観たって言うけど、それはどこの劇場だった?どこの駅で降りて劇場に向かった?
などとまあ、「ファンの集い」なのに会場の隅に呼ばれて私だけ尋問をされました。 尋問すればおそらくボロがでると思われていたのでしょう。
どうやら彼らはこの私が演目を観ていた世代としては実際は若すぎる、年齢にそぐわない者が演目を観ていた世代と詐称して「ファンの集い」に潜り込んだのだとすっかり信じていた様子でした。
実際は当時38歳なのに22歳位なんでしょう?と人々に思われるのは、若く視えるというよりも、もはや若返っていると言っても言い過ぎではありません。 これは驚異的なことです。
この頃、本書で述べる方法論を実践してすでに数年が過ぎていました。


注、岩井 レイ子、彼女の舞台仲間らの間では通称「いおさん」と呼ばれています。 この方はもちろん実在の人物です。 
こちらはこの方の書籍。 「戦後4世の青春」

42歳の時には、職場の40歳の入社したての新人である同僚に、25歳くらいなんでしょう?と真顔で言われてはナメられていました。
彼は年下と思われる人にはたとえ仕事であっても従いたくはないというタイプの典型的な人物でしたから、
私を思い切り年下であろうと思いこんでいた彼は中々仕事をしてはくれませんでした。 実際は42歳なのに彼は私を25歳くらいなんだろうと本気で思い込んでいたようですから。
こうした、見た目と実年齢が17も違うのはまさに驚異的な事に違いありません。
さらに近年では、2017年1月、52歳にして、職場である建設現場の32歳の監督、林さんには、40歳は超えていないよね? と、これも真顔で言われています。 こうして時に、年下からすら自分たちよりも若くみえるという。
どれも今記したことは紛れもない実話です。 人々の目から平均にして15歳以上若くみえる。 これはまさに驚異的なことです。
これまで私は若くみえるからなのでしょうけど、実年齢を知られた上でも、20以上も年の差のある年下女性からすら異性の対象とされることもありました。

歳を重ねていっても若々しく、そして持ち得る骨格の中で最上とも言える美しさを得る。
もちろんこれらは個人差はあるかもしれませんが、今これを読まれているあなたが得てゆくことも可能なのです。


人の美しさや若さといったものは骨格で決まる、もしくはDNAでのみ決まるとお思いの方もおられるかもしれませんね? でもそれは違います。
生き方一つでその持ち得る骨格の中で、最上の美しさすら私たちは得ることも出来るのです。
もしこれを読まれているあなたが今、そして先々、30代、40代になっても、いえ、50代、60代以上になってすら、異性として愛されることを強く望むのなら、本書をぜひ読み進めてください。

 身体と心に顕れる変化には更に別のものがあります。
おそらくどなたも驚かれることでしょうが、それは本書で解説している実践法の進み具合いに応じてになりますが、誰でも神通力を獲得してゆきます。(主にテレパシーである他心通力。)
本書はこの神通力が開花してゆく仕組みも具体的に解説をしてゆきます。

神通力の開花具合が実は容姿はもちろん、純化してゆく心の美しさ、愛の大きさを測るための実質的なバロメーターでもあるからです。
これら容姿の変化や神通力が身に修まってゆくことは実は別物ではありません。 それぞれが相互に絡み合う、実は密接な関係にあるのです。
というのはこれらは言ってみれば同じ一つのものの別の角度から眺めたものだからです。
それは一言で言ってしまうなら、私達の心、魂と置き換えてもらってもいいですが、愛という霊性精神性のステージが上がることを意味しています。
その人の愛が益々大きくなってゆく、それはより天使に近くなる生き方。
さらに他心通力には愛情面でとても役に立つ際立った特徴があります。 浮気をされた場合、たとえ遠くはなれていたとしてもですが、胸を中心に悲しみや苦しみが広がり、浮気されている事を感知できるようになりますし、
異性から愛情を向けられると胸を中心に甘美な気持ちよさが入り交じる幸福感で全身が包まれます。
身体で体感体現しうる中ではおそらくこれ以上はないという幸福を気持ちだけでなく身体で味わうことができるようになります。


 さらに本書で述べていますあらゆる実践法を行なってゆくようになると副次的な褒美とも呼べそうなものがいくつも付いてきます。 私はこれらを「愛の果実」と呼んでいますが、
それは神仏や高級神霊らの加護を得やすくなるというものです。 私が実践してきたこの法は実は、神仏に愛される生き方でもあり、よって守護神となって頂く法でもあり、当然その加護を受けやすくなります。
これらの実際のエピソードも文中にて紹介してゆきます。 そしてさらにもうひとつ、本書で述べる実践法は誰にでもできる、最大最上の開運法でもあるのです。
よく巷の開運法のひとつに、トイレ掃除を自分から進んですると運が拓けたり恋人ができたりしやすくなる、これ聴いたことありませんか?
それは普段の自分よりも少し背伸びをするくらいの人々が喜んでくれそうなことを無心に行う。 純粋な愛から発せられる行為はみな愛のエネルギーであり、原因と結果の法則として、それは等価としてやがて自分に福として還ります。
開運とはこういうことなのです。 こうした開運の仕組みも含めて本書では解説してゆきます。
また、本書の実践方法は最上の開運法でもある以上、この世界に生きる私達を現実に幸福にもしてくれますし、それはすべては等価還元、カルマである以上、この世を去ってからも幸福となることでしょう。
愛は唯一の「天国への階段」でもあるのですから。

 本書は読む人どなたの心にも、そして身体にも、そして未来の人生にも、驚きの変化を与える書となることでしょう。
私はあなたがこの書に出会ってよかったと喜んでもらえることを期待していますし、読み終える頃にはあなたはこの書に出会ったことをきっと喜んでくれることでしょう。
どうか、本書を手にする方、一人ひとりが、この書を一生モノの一冊にしてくださいますように。

「Copyright c 1996-2018 愛上王 All Rights Reserved.」

 このほかにもいっぱいあるにゃ、 紙書籍換算で全部で305ページあるのにゃ。
とくに美や若さを求める人や、最大最上の開運を求める人にはおすすめな本ができあがったのにゃ。

愛の力 人生最大の鍵 世界で初めて明かされる黄金の秘儀


あなたの人生が愛に包まれ、幸せなものでありますように。

世界征服をたくらむ愛の組織 にゃんこ戦隊 にゃんにゃマンより。

2018/06/15

「Copyright c 1996-2018 愛上王 All Rights Reserved.」




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