長い箸

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 【 長い箸 】

 冥界には食事もあります
その食事はどれもごちそうでした
しかしそこにはひとつの決まりがあるのです
とても長い箸で 食べねばなりません
その箸はあまりに長いので食べようにも口に運べませんでした。
いつも飢えて 求めて 満たされずにいたのです、
口に届くように短く箸をもつと食べ物は消えてしまい、
手づかみで食べようとするとつかんだ瞬間消えてしまいました。
ずるいことをしようとするとその人の前から食べ物が消えてしまうのでした。
あるとき食べれないで困っているその人にある人がそっと教えてくれました
ほんとうは誰でもその箸で食べることができるけど、
人を愛さずただ自分を愛した者は食べることができないのだと教えてくれました、
どんなものも得るに相応しい者には与えられ、
相応しくないとき、すべては得られずに消えてしまうのだと。


その人はそれから何度もなんどもその箸で食べようとしました、
ですがいつも食べることはできませんでした。
あるとき、自分とおなじように食べたくても食べれずにいる人をみつけました、
今まで気づかなかったのですがよくみると食べられないで苦しんでいる人がそこにはたくさんいたのです。
おなかをすかせて苦しんでいるその姿をみて、その人は自分も苦しくなりました、
それでみんなに食べさせてあげることにしたのです、
あの長い箸でみんなの口にごちそうを運んであげました、
みんなは喜んでそのごちそうを食べました、
次の日もまた次の日も、毎日みんなの口にごちそうを運んであげたのです。
あいかわらず自分はおなかをすかせたままでした。

ある日、いつものようにみんなにごちそうを食べさせていると
ある人がその長い箸を手にとって今度は自分に食べさせてくれたのです。
その人ははじめてあの長い箸でごちそうを食べたのでした。


 人を愛したとき 人は愛に目覚め 私達もまた愛される
みずからを相応しき者として。

 幼い頃に、「地獄の長い箸」の話を訊かされた私はとても強い衝撃を受けたのを覚えています、
箸は自分が食べるのではなくて、食べさせる為にあるのだと訊かされた私は身体がふるえてとまらなかったのです、
ひとり部屋に籠もって、じっと動けないまま、そのまま声を出さずにひとり泣きました。
でも、私はそれでも何も変わることはありませんでした、
私は長く、それからも、自分を、ただ自分を愛していたのでした。
本当は 越えてしまうことなど簡単な 紙一重。
ずっと長い間越えることをためらい続けていたのです、
人を愛せなかった私がそこにいました。
この散文詩の中に出てくる長い箸の話は、私の創作によって表現を変えて加えてあります、
長い箸の話の中に込められている、人々に残したい真意をより伝える事のできるように。
本当は誰の前にもごちそうはあります、愛も幸福も誰の前にもひとしく開かれています、
人を愛したとき、私達は愛される。
私達はその箸でお腹いっぱい食べれるようになるのです、
あの長い箸でみんなの口にご馳走を運んだ人のように、私達の幸福はすべて自分の中にあると発見するのです。




分け与え
分かちあい

許しあい
愛しあえ






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