「今の姿は自分が求めた通りのもの 自身のあり方」

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「上を向いて歩こう」 第一部 「愛されるために自信を持つ 人は成りたい人になれる」 続編 2009/9/14 著作 愛上王

 遥か遠い以前に、私は、「上を向いて歩こう」の第一部で、「人は成りたい人になれる」を書きましたが、
今日はその続編とも呼べるものを、身近な例を挙げながら書いてみたいと思います。
ただし、今回で文をまとめるわけではありません、
「おぼえがき日記」同様、走り書き程度ですので、清書はいずれまた機会が取れた時になります。

 ここではある人物をI氏とし、まずはI氏の職場での体験記から。
I氏の勤める職場は、ゼネコンなどの下請けや孫請けといった、俗に言う建築建設関連の職場が多く、
昨日はA社の下請け、今日はB社の下請けといったように、クライアント、
つまり「お客様」がいて、「お客様」からの注文を頂き、それあってこそ会社は運営が成り立っている。
これらは至極当然の事なのだが、実際は会社に籍を置いて働く者らにとっては、この至極当然の事が理解出来ていない者もいる。
それは、立場によって考え方が様々と言う事でもある。

ある者は、会社が益々繁栄をするように努め、それが自身の給与や評価に後々還っても来るのだと考え、
就業時間内を「お客様に満足してもらえるように質の高い仕事をしようと働く者。」

またある者は、自身が籍を置く会社とは、「自分たちのために、ゼネコン等から仕事の注文を取ってきては、
自分らは職場に出向き、就業時間内をただ過ごせばお金がもらえると。 
残念な事だが、現実にはこうした考えでいる者も存在をしている。

立場によって考え方が様々と書いたが、より厳密には、自身のあり方によって、と言い換える方が適切かもしれない。
とは言え、部長は部長らしく、主任は主任らしく、立場に応じた責任感をもってと言えばよいだろうか、
普通はこうした立場に添った考えで勤めてはいるものなのだが。
しかしI氏の同僚には、場合によっては二日に一度のペースで遅刻をしてくる者がいるそうで、
その者は、自身が早く帰りたいが為に、他の同僚に手抜きを指示する。
もっともその者は、その下請け先において責任者でもなんでもなく、指示ができる立場にはないのだが。
今ここでI氏の体験談を一部載せたわけであるが、読者であるあなたはどう思うだろうか?
遅刻をしてきた者が、手抜きを他の同僚に指示をする。
その理由は、そうすれば早く自宅に帰れるからと言う。
「彼の立場は、なんであろうか?彼にとって、仕事や籍を置く会社、ひいては注文をくださるお客様らすべては、
自身の利己的な存在でしかない。」
残念ながらこれは実際の行動がそのままであるからどうしようもない。
お客様や会社に満足を提供し、そこではじめて「対価」が成り立つという考えがあるようには到底思えない。

彼は、今現在の自身が反映した未来しかない。 そう、今のままでは。 彼はこうして自身の未来までも自身で決めているのだ。
彼は、自身を豊かにしてゆく前向きな姿勢ではないのだから、これは仕方がない。


ここで話をまとめますが、これらI氏の体験談は実は中身はどうでもいいのです、
大事なのは、この話の中での、彼の「あり方」は、実際にそのまま反映をしているという事。
そう、彼は自身が「自身のあり方」を決め、その「あり方」のまま自身を表現している。
なによりも私が多くの読者に伝えたい大事な事は、
それは、
この人物は、『自身が決めた「あり方」通りの人間なのだ。』
そう、私たちは、成りたい人になれる。 それはどんなものであれ、
『人は成りたい人になれるのだ。』





今回はI氏の体験談から彼の同僚の様子を題材としましたが、
ではその逆を行ったらどうなるのか?
注文をくださるお客様や、籍を置く会社に貢献をする働きはどのような成りたい人物になる事が出来、また、どのような「因果」が自身に還ってくるのか?
これらを続編とし、近日中にここに載せます。

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