霊性精神性の階段を登る方へ向けて。(神性の階段)

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  霊性精神性の階段を登る方へ向けて。(神性の階段)

 物事はどれも、神に喜んでもらう為に為す必要はありません。
ただ人に喜んでもらうためになせばよいのです。
神に喜んでもらおうとせずとも、
神は人の幸のためになす者を喜ばれるからです。



これは、善因や徳を積んでゆく時に、神の目を気にするなということです。
ご機嫌伺いをしたり、内心褒めてもらおうなど思わなくてよいのです。
まあしかし、徳を積んでゆくという表現もちとおかしいのですけどね、
これは、「積んでいる」という意識すら本当はないのがベストだからですが。

これは神性の階段を歩む人、すべてに言える事ですが、
もし、人々に向けて何かしらの善行をしたとします。
しかしその時、もしも、人々に喜んでもらうはずの行為が、
実は内心では神に対するご機嫌取りであったなら、
もしくは人々に喜んでもらう事よりも褒めてもらったりイイ人と思われたいが為に行うのなら、
たとえそれが感謝をされる行為であれ、感謝されるのを期待してであるのなら、
それは純粋に行為に沿った動機とは言えません。
何かを為すのはそれをしたいからなのか?
他の動機があるからなのか?

その行為は行為そのものが目的なのか?
それともその行為は何か他のものを得るための手段なのか?


神性の階段を歩む人々が、これら大きな落とし穴にハマりませんように。


私たちは、
人が転んでつまずいた時、ただ心から手を差し伸べたいと思うからそうするのか?
手を差し伸べると周りにヨイ人と褒めてもらえると期待するからそうするのか?

私は、常に前者でありたいと切に思います。


現未清書
愛上王
11/01/19 22:19:39


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