心の主人であることの大切さ 1

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 心の主人であることの大切さ 1

 今回は、3人不審死事件を例に取りながら、容疑者の名前を伏せて話を進めます。
三人不審死、そして、同居をしていた野田の男性からは支援名目で数百万を貢がせていたにも関わらず、異性の魅力はないと言い放つ○○被告。
これまで練炭を用いて男性らを殺害をしてきたであろうことはまず間違いがないと思われますが、
殺されていった男性たちはもちろん可哀想な限りです。

しかし、この○○被告も、別の意味で哀れであり、悲しい人間と言わざる負えません。

19歳の頃より男性と愛人契約を結び、金銭支援を受け取っていたという。
この女性は、男性を、いえ、異性を見つめても、愛情が芽生える人間に育つことのない「生き方」を、自分から進んで選んでしまってきた。

頭の中に、異性と接するのに多額の支援、援助の前提があっては、例えもし幾ばくかでも婚活の気持ちがあったにせよ、
愛情という、人間にとってとても大切な「感情」が湧き出るはずがないのです。

人の世に生まれ、たとえ結ばれるにせよ結ばれないにせよ、
異性を心から愛するという大事なものを自分から捨ててしまっている。

まさに哀れであり、悲しい人生を彼女は進んで「選んでしまっている」。


このあたりの異性間の愛情に関しますことは、
以前の記事であります、 「強い愛情にする法」「愛する人との心の距離」をぜひ一度再読されてみてください。


さて、私たちは日頃、自分の心の主人のつもりでいます。
自分で物事を決め、その通りに行動を起こそうとしますし、また起こしてもいます。
しかし、その物事を決め、行動してゆくことは、本当に大切な物を自分から捨ててしまう生き方を選んでしまっている事も多いものなのです。

まず何よりも金だと考え、守銭奴のような生き方をする人もおれば、
私はこうした精神世界系統に携わっていますので身近な例で挙げますと、
神通力もなく、除霊の能力もないのに除霊をしますだの、
霊視をするだのスピヒーリングするだのと言っては、
本当はできないことを自分だけはよく知っているのに、
悩み、藁をも掴みたい人たちから金銭を搾取することばかりで頭がいっぱいな人など、
こうした、モラルに欠けていたり、歪んだ動機を優先してしまうと、
心というものは実は、相反する、対極にある、人にとって大切なものの方を自分から捨てさってしまうことになり、
実はこうして愛に反した行動は人を益々迷妄と悩み、苦の世界を惹きつけてしまう。

ここではわかりやすいと思うので先にお話をしました、
○○被告を引き合いにしますが、例えば、○○被告は、異性を見る時、相手との愛情よりも金銭を優先させすぎてしまっている。
事実、この人は「愛情」を捨ててしまっている。
人生に、魂に、もっとも大切なもの、
人の世に生まれ、たとえ結ばれるにせよ結ばれないにせよ、
異性を心から愛するという大事なものを自分から捨ててしまっている。
愛情よりも金銭を選び、しかもその度合は激しく、
手段を選ばないほどに、そうした心を自分から選び、作ってしまった彼女は、
一体なんのために生まれてきたのか。 
たとえもしどれだけお金があろうとも、そんな人生になんの意味があることだろうか。

○○被告、彼女は
今日現在まだ判決は下ってはいないが、事実、迷妄と悩み、苦の世界を、自分の人生に自分の力で、反映させてしまっている。
これは自らの撒いたカルマの反映と言ってもいい、彼女にどんな判決が下るにせよ、死刑になるにせよ無期刑になるにせよ、
まさかの軽微懲役にせよ、無罪になるにせよ、この人間の世界に彼女の幸福な生活のある椅子はもうない。



(今日のこの記事は、このブログのコンテンツの一つであります、引き寄せ、「決意 夢の実現力 Enterキー」向けの記事でもありますし、
また、この記事の続編を書く予定ですが、古くからの原稿であります、「上を向いて歩こう」の趣旨にも、また、コンテンツ、「ちいさな一歩」にも通じる面があります。
時間が取れました時に更に進めてゆきます。)

2012/3/8 23:58 愛上王

 私の記事で何かしらよいものがあると思われる方、
どうぞよろしくお願いをします。

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