話が脱線しましてパワーストーンの真実
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話が脱線しましてパワーストーンの真実
私たちの霊性精神性の向上は、日常生活の中にこそあります。
神々に依存をしすぎても実際は向上をしませんし、
やれ禊だの何かの儀式だのといったものでなければ向上をしてゆけないのではありません。
もしもそうしたものでなければ向上をしてゆかないのであれば、
そうした文化のない国々生まれ、生活をしている人々は向上の機会がないということになってしまいます。
しかし実際はそんなことはありません。
例えばですが、心身の浄化を例にたとえてゆきますが、浄化とは神に祈りを捧げたり、祝詞やお祓いのようなものを指すわけではないのです。
それらがまったく意味が無いとは言いませんが、あくまで補助的なものと言えます。
(部屋のゴミや散らかりようと、うわべだけの掃除に例える)
(なんたら浄化遠隔ワークだかで浄化されることはありません。 商売に都合がいいだけの概念であって、伝統的なものにそうしたものはありません。 そうしたものはカモに対する便宜上の詭弁なのです。)
どんなに神に祈ろうが祝詞だろうが宗教的な儀式であろうとも、またそれが遠隔なんたらワークであろうともですが、
部屋の中が散らかっているのは少しも改善はしないのです。
もし、部屋の中を綺麗にしようと思うなら、自分自身がその部屋を掃除してゆかねばいつまでたっても散らかったままなのです。
何かに頼ることで部屋の中が綺麗になることをアテにしても一向に綺麗になりません。
まずは自分自身が実際に部屋の中を片づけ、掃除してゆかねば綺麗にはならないのです。
(現代スピの中でも商業スピと言われるものは、この、人々のショートカットしたがる気持ちや、安楽を選びたがる部分を巧妙に突いてきているのです。
ですから、今現在のスピと言われるものは甘やかしであり、商業的に都合のいいように歪曲をされて形成されていった部分がとても大きいですし、
そうしたものなのだとすっかり浸透してしまっている風潮すらありますから、
スピ関連グッズや有料セミナーもそうしたものが誇張されすぎています。
例で挙げるならパワーストーンが代表格。
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上記は機会あれば清書し、適切な単語にも直し、続きを書いてゆきます。
*----ここから先は別の話が続くのですが、書いてる最中に以前からお話をしていました、パワーストーンに関する脱線をしてしまいました。
せっかくなので今日はこのパワーストーンに関して脱線しまくりましょうか。----*
「パワー」などと商業スピの人たちが勝手に響きのよい言葉を呼称に加えていたりしますが、
鉱石は人間に幸運をもたらすだとか金運がよくなるだとか、異性運がよくなるなどは知りもしないのです。
そうした「運気」なるものは動物の中でも、文明生活を築くようになった、ここ数千年の間に人間が考えだした概念でしかないのです。
当然、もし仮にの話ですが、鉱石類に私達人間と会話ができるとしたとします、
彼ら鉱石にとって、金運なるものはなんなのか?幸運がやってくるなどというのはなんなのか?
反対に質問攻めにされるに違いありませんし、
鉱石は所持している人間に幸運なり、そうした「運気」なるもの、こうした事柄に好影響を与えるなどと約束もしてくれませんし、
パワーストーンを所持すれば人間に何か好転が起きる、運がよくなる、などというものは、
人間が商業スピ関係者に乗せられて信じてしまっているトンデモといってもいい。
確かにあらゆる鉱石には人間の都合で様々な象徴が「付け加え」られてはいます。
しかしそれは花言葉などと同じで、象徴する意味は確かに加えられてはいても、
その象徴する意味をパワーとして人間に与えるなど誰も約束していません。
例えば私の別ネームには、「椿」という花の名が名前の中にありますが、
椿という花の象徴、加えられているものは、純愛だとか最高の愛だとかだそうです。
しかし、じゃあお花屋さんで、もしくは森の中で、季節ごとに咲き乱れる花言葉に沿った花を手に入れたらその象徴、シンボル、意味する所、花の場合なら花言葉と呼ばれもしますが、
その意味するものを力として与えてもらえるのか? そのシンボルとされるものが何か神秘的な力となって所持する者に影響を与えるのか?
おとぎの国のファンタジーではありません。
まるで一昔ふた昔前の漫画の中の魔法のようなものであり、あくまでも憧れであり、夢見がちな人が空想する程度のもの。
しかしどうでしょう?現代スピを迎えた前後からはそれら空想はすっかりゲンジツ、リアルであると思い込みたがる大人が増えてしまった。
現代スピが流行る以前にも似たようなものはありました。
ローエングリンのペンダントだとか、様々な縁起のよさそうなエピソードなどが添えられ、
それらはその品を持てば幸運になれるのだと、「人々は勝手に思い込み」、そうして商売が成り立っていたのでした。
今はそうしたものが「パワー」ストーンと、この名称にもちょっとした洗脳じみた仕掛けがある。
石は誰もあなたにもあの人にも幸運を授けてくれるなど約束してくれていないのに。
(逆に今でも信じたい人には問いたい位です。 なぜその石を所持すると運気などが良くなると断言できるのか?
論拠根拠を事細かに納得のいくように説明ができるのかと。)
鉱石、それは宝石類も当然含まれますが、所持するだけで幸運を引き寄せるなどありえません。
そうした浸透した思い込みは、それで商売をする人たちが都合がいいから徐々にゆっくりと緩慢にではありますが広めていったもの。
とは言え、幸運を引き寄せてはくれずとも、古代からある面では効果が認められてきたものがあります。
それは病気やカルマの影響に関した分野で。
これはインド、特にヒンズー思想を細部まで研究しないとその論拠根拠の具体性は示せそうにありません。
私もそうしたことを細部まで詳しくはありませんので、そうした分野で一部効力が認められているといったことを、そうしたことを世間に真っ向に広めようとも肯定しようとも思いません。
ただし、それらが効力を発揮する条件は、いくつかあるのですが、今日、一部だけ公開します。(全部公開はしませんし、残念ながら今回はソースはスピ商売人の言い訳やこじつけ言い逃れに悪用されるおそれもあるのでできません。)
「穴の開いていないもの。」
よって、パワーストーンブレスレットとかで売り出されているものは当然穴が開けられているので意味はありません。 しいて言えばあくまで綺麗なアクセサリーといった所です。
それはホースや風船のように、穴が開いた時点で期待できる効力は漏れてしまうからだと私は判断しています。
本日よりおそらく、ブレスレットタイプ以外をメインに扱おうとされるパワーストーン屋さんは増えることでしょう。
しかし、パワーストーンと呼ばれるものが実は虚構でしかないことを知らなかった商売人も数多くいたことを多くの人々は知ることになり、
必然、そうした商売人も世間に流れている思い込みをただ利用し、自身さえもそうした思い込みで単に商売していただけだった、そのことを人々は知ることになる。
私がこのブログの記事やコメントで時折、パワーストーンなるものを販売している霊能者はニセモノと説いてきたのはこういうことです。
スピ商売人たちの商売の都合で流布されてきた、作られ、世間に浸透した概念。
こうしたことに気づくこともなく、パワーがあるのですやら運がよくなるやらとヨタを飛ばして販売をしてきた人々、
そんな自称霊能者は意識無意識に関わらずニセモノなのは明白です。
まだまだ続くのですがこのへんで切り上げます。
エセスピだのニセ霊能者、そうしたものを信じ、それがウソと明らかになったあとでもまだ信じたがる、
そうした人達の顕著な傾向の一つが上記にも挙げました思い込み、スリコミなのですが、
話が長くなってしまいますのでまた別の機会に。
とは言え、ここまできたなら、以前に書いたとても重要な記事であります、
「理解のあいまいさといったものが人生の邪魔をしています」 これをぜひ読まれてみてください。
私の記事で何かしらよいものがあると思われる方、 どうぞよろしくお願いをします。 「ちいさな一歩」特設サイトはこちらをクリック |
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- 2012.04.26 Thursday
- 偽霊能者の見分け方
- 22:01
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- by 愛上王