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ノストラダムス諸世紀 盗作を示した詩編2-36 前編

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 第百三十九話 ノストラダムス諸世紀 盗作を示した詩編2-36 前編

(これらは私の個人ブログより出張記事になります。)

 2019年1月15日

 前回記事、「第百三十八話 予言の調査と解読、解釈」にてノストラダムスの予言に関して解釈をしてゆくとお話しをしましたモノですが、
そのほとんどは今後パスワード付きの記事として挙げる予定ではありますが、
ごく一部はパス無しで挙げてもよいと思えるものを先ほど整理しておりました。
それを今日は挙げてゆきます。 これは本筋からやや外れた余談とも言えるもの。


 ノストラダムス諸世紀 盗作を示した詩編2-36 前編

 ここで余談にはなるが、少し気になる予言を挙げておこうと思う。

(この記事は本来は一連のノストラダムス予言の解釈として後々にこの記事を挙げる予定だったが、まずはパスワードなしで番外編として先に挙げることにする。
よって、前提となる記事が後回しになることを了承願いたい。)

参考記事
http://inri22001.wixsite.com/anri/nostra2
 この中の中盤以降には以下の予言詩がある。

偉大な預言者の書簡が横取りされ

暴君の手に渡るだろう

彼は王国を欺こうとしていたのだが

まもなくその盗みのために

       彼は窮地に追い込まれるだろう

諸世紀 2-36

「ノストラダムス全予言」エリカ・チータム著 流智明 監修


この訳はエリカ・チータムの翻訳だが、
たま出版「ノストラダムス予言原典 諸世紀」 大乗和子 訳では少々違うものになる。
以下がその訳になる。

大予言のことばは妨害され
圧制者の手の中におちるだろう
彼のくわだては王国をあざむく
しかし強要は
彼をまもなく不安にするだろう

こうしてみると、訳し方、表現こそ微妙に違うものの、おおまかにはニュアンスは一致しているのかもしれない。

まずエリカ・チータムの訳だが、預言者の書簡とあるが、預言者という表現は大げさに見える。
当時預言者と言えば著者であるノストラダムス本人を示したように見えてしまうが、
それこそが隠蔽や比喩のために使われた単語ではなかろうか。 その論拠となってゆく推察はこの記事内で
シャヴィニー氏に関した解釈をした、兼行予言ではないだろうかと。
それはさておき、その人物の書簡が暴君に横取りされるとあるのだからそれは盗みに他ならない。



ミシェル・ノストラダムス師の予言集 百詩篇第2巻 こちらの訳も載せておく。
https://ja.wikisource.org/wiki/%E7%99%BE%E8%A9%A9%E7%AF%87%E7%AC%AC2%E5%B7%BB

2-36

大預言者の文書が奪われ、
暴君の手に落ちるだろう。
それらの陰謀は彼の王を欺くためのものだろう。
しかし、その略奪品はすぐに彼の邪魔になるだろう。

 3つの訳とも盗んだもので窮地に追い込まれるさまを表している。
私がここ近年の出来事でこうした盗作関連ですぐに思い浮かぶものと言えば、例の「MIZUHO神示」からの盗作が露呈して破滅していったア〇ク氏。
2012年の、私のメインブログでのあの時の攻防だ。
MIZUHO神示が載せられているサイトは以前は複数あったのだが、現在唯一と思われるサイトのアドレスを紹介しておく。
http://oriharu.net/jmizuho.htm
https://megalodon.jp/2012-0417-0122-37/oriharu.net/jmizuho.htm 
https://web.archive.org/web/*/http://oriharu.net/jmizuho.htm http://web.archive.org/web/20170429185236/http://oriharu.net/jmizuho.htm


もちろんだが、この詩編はそんなローカルな出来事を指しているのではない。
ただ今はっきりと言える事は、これは誰が読んでも理解出来ることだが、「盗作によってその者は窮地に陥る」、ということ。
実際、ノストラダムスには秘書とも弟子とも言われたジャン=エメ・ド・シャヴィニー氏?(注へ)が後にノストラダムスの予言を盗み、あたかも自分の予言であるかのように振る舞うという、
それが露呈する様を予言した詩編ではないのかという解釈もあるようである。 もっとも、私はノストラダムスが自身の身に起きるような、
そんなローカルな事を予言したとは考えにくいと判断している。 世に残す予言である以上、後世の人々の間で起きる出来事であろうと。
さてするとだが、いずれにせよこの詩編は盗作を表していると受け止めるのがもっとも一般的で自然なようだ。
ここで注意点となるが、ノストラダムスの予言は兼行予言であるとする説もある。 兼行予言とは、後々に起きる複数の出来事を予言したものを言うらしい。
もしそうなのなら、兼行予言であるからこそ、彼の予言詩は一見あいまいな表現になっており、読み解かねばその真意は分からないのだろう。
(しかし加治木氏の説く兼行説には異を唱える人もいる。 )

(注、ノストラダムスの秘書であり弟子と言えばこの人物になるが、これは私感になるが、同様に弟子同然とされていたシャルル氏の可能性も拭えないと思う。)


さて、するとだが、以下の記事の2に示されているものがどういうことなのかが見えてくる。
引用記事、日本に現われる天才が黄金の世紀を築く   2011年12月21日水曜日
http://momo-matmkanehara-momo.blogspot.com/2011/12/blog-post_21.html
この記事のブログ主の大元の引用元は加治木義博氏のノストラダムスに関した書籍、「真説 ノストラダムスの大予言 黄金の世紀」からのようだ。
(私自身は1000前後ある予言詩の中からまだ該当する詩編の原典を見つけられていないが、見つけたら加筆する予定だ。)

 2 その天才は不正におとしいれられていた歴史学者で、

   彼を苦しめたり、人間として恥ずかしい悪徳や犯罪を犯した者どもは、

   いまでは陰湿な闇のなかに姿をかくしてしまった。

ここでも歴史学者というキーワードが出てきたが、これまでみてきたように、それはいにしえの言葉や教えを復活させる者を指していると見て取れる。
その者を苦しめた人々は結果として否応なく姿を隠してしまわざる負えないということだろう。
悪事は身を滅ぼすとはこういうことなのだ。

こうした予言詩が残されていると言うことは、盗作をする者はやはりいつの世も現れ、
それが巷にバレてゆく様が露わとなる人物は必ず現れると言うことなのだろう。
当然ながらそうした人らは世間にバレにくいようにと焼き直しという工作をしたうえでパクると思われるが、
その様子が世間に知れ渡る以上、裁判官はいらないのかもしれない。
(もし万一、私の書いたものからパクる者が現れた場合、裁判という係争をするか否かは様子をみて判断するつもりではいるが、悪質と判断した場合には損害賠償も含め、裁判も辞さない。)



 ここで余談にはなるが、たま出版版の訳では
「しかし強要は彼をまもなく不安にするだろう」とあるように、連想として思い浮かぶものにはそそのかしがある。
巷ではバレにくいようにと焼き直しによる盗作をそそのかして類似本を書かせたがる出版編集者は多いと聞く。
ここ最近だと巷では龍神モノ書籍がヒットしたものだから似通ったものを書かせたがる出版社が急に増え、
大型書店ではあちこちから出された龍神モノがいくつも平積みされていたのを記憶にある人も多いに違いありませんね。
自発的なパクりでなく、実は編集者らにそそのかされていいように使われ、パクりに手を染めて否応なく逆らえないでいる人も
世にはいるかもしれないが、それは沈む泥船かもしれません。 変な道に連れて行かれないよう気をつけねば後悔することに。

これらに関しては以前にもこの個人ブログ内で触れたことがあります。 以下はその関連記事
 第百二十話 当たらずと雖も遠からず 
 第百十六話 大変に危惧してること。 それは盗作。 この中でも触れたURLも挙げておきます。
出版業界はパクリや二番煎じのオンパレード
ちなみに、第百十六話で書き漏らしていたものがありまして、対話の後編の章、「愛こそ潤滑油」や「料理と愛」も焼き直してパクリたがる人は出てくるかもしれない。

2019/01/15 15:30:17 愛上王





 私の記事で何かしらよいものがあると思われる方、
どうぞよろしくお願いをします。

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