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加治木義博 ノストラダムスの大予言より

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 第百四十四話 加治木義博 ノストラダムスの大予言より

(これらは私の個人ブログより出張記事になります。)

 2019年1月28日 


 今回は加治木義博著「【真説】ノストラダムスの大予言」より「序文」を引用させて頂きます。

諸事情により、今回は引用元URLは省略させて頂きます。


「お前に覚え書を残す目的でペンをとる」

「私は[伝統の][祖先伝来の言葉]をお前に残す。それは[予言が隠している謎]を解いてくれる」

「予言を空虚にしているのは[時]だ」

「自分自身の中にすべての[時]を含んでいる」

「示してある天文学の表現方法によってのみ」

「予言を理解することが」

「可能になる」

「それは苦痛なしには、可能にならない」

「時が速やかに過ぎ去る」

「これから訪れる時代」

「それは大層異常な形で出てくる」

「その法や教義や型など普通のものと異なる」

「今の時代の様式で限定されては誤解され」

「言うことを信じようとはしないだろう」

「訪れる世紀はすでに決定済みだ」


[祖先伝来の言葉]とはどういう意味だろう。

それは祖先から長い年月、すなわち[時]を経て伝わってきた言葉ということである。

太古から現在まで絶えることなく、秒、分、時、日、月、年と次つぎにつながって連続してきたものは、確かに[祖先伝来]のものである。

予言集の詩では、順を追って連続している数字がある。その一つは「巻数」である。

数も言語であり、数字は言葉を文字にしたものである。

そして[時]も同じく「数字」で表現するものである。


天文学は当時、科学の中でも最も進歩した学問であったという事実がある。

天文学で最も重要な要素は[数]である。

天文学では、天体の大きさも、距離も、その運行の速さも、周期も、天体と天体の相互関係もすべて数字で表わされる。

仮に数字が使えないとすると、天文学という学問は成り立たない。

だからノストラダムスが、この「天文学の表現方法」という言葉で、教えようとしたものは「数字」である。

ノストラダムス(というより神)は、「何も書いていないもの」も暗号として使った。

書いていないのに表現できるもの、それはたとえば「順序」である。順序は一から、十、百、千、万、億、兆と規則正しくならんでいる。

それは数字を書き込まなくても、きちんと「数」を表現している。

三番目にあれば三、五十番目にあれば五十と書いてあるのと同じ働きをする。

(本ページも順番やページ、項目番号などを書いていないが、単に、追加するときに番号をふり直す必要がないからである。)

「未来の王国(当時はフランスだが実は世界の国々)は非常に違った形になる」

「もし私がその未来を詳しく説明すれば、今の時代では」

「間違って理解される」

「この予言を信じようとはしない」

「短い言葉で意味がわかりにくく、また幾通りにも読める「短詩」を表現の手段に選んで」

「一定の法則による厳しい難関で理解できにくくし」

「一つ一つが他の詩と関連し合うようにし」

「全体をむずかしい意味のわからない形に編纂してある」

(互いに関連したものを集めて総合して初めて)「全体の事柄が(理解に)ふさわしいものになる」

(そんなことをした理由は)「王や権力者たちに『真意』を知られないため」


「だからこそ慎重に隠したのである」(当時のヨーロッパは「異端審問・魔女狩り」時代で、凄まじい暴力をふるったのが、
こともあろうに人々を教え導き救済するはずの「宗教家=キリスト教指導者」だという最悪の暗黒時代だった。)

「私は言葉で話すことも文章で発表することも止して」

「遠くの時代の人々にだけ話すことにしたのだ」


 以上になるが、ここでこの加治木氏による序文を抜粋した私の真意を明かしておきたい。
この序文ではノストラダムスの予言詩は一つの詩篇だけでは解読、解釈することのできないものが存在しているということ。
私は初め、とても似通った、それでいてもしや別の事を指し示していそうなそれぞれの予言詩を見つけた時、
それらを関連づけて解読、解釈してゆくのは私の都合の良い解釈となってしまわないだろうかととても悩んだ。
それは似通った詩篇を挙げて解釈をしてゆくのは人々の目からはこじつけのように受け止められかねない、そう危惧をしたからであった。
物事は何事もそうだと思うのだが、自分に都合の良いねじ曲がった解釈をしてはいけないもの。 私はそう信じているのだ。
しかしこの加治木氏の序文で、私が今あえて太字で強調したのだが、これらの文を見つけた時、
二つの詩篇を合わせ読みしてこそ解読できるものを見つけたと感じていたのは実は正解だったのだと知り、
そのことを多くの読者にまず表明し、誤解を極力生まないようにしたいと思う。

連なりのある予言詩はたとえばすでに前述した記事、盗作を示した詩編2-36 前編と後編で登場した詩篇2−36と詩篇6−37がそれだ。
この先記事として後述してゆくが、詩篇■−5■と詩篇■−■4もそれにあたり、合わせて読み解いてこそ真意が伝わるようにできている。 (今はあえて伏せ字にしています。)
(他にも発見していますがそれは後々と言うことで。)

今の所、私が幾つか見つけた関連し合って補い合う詩篇、分割詩篇はどれもが2つ合わせて解読、解釈できるものだが、
ノストラダムス予言詩の解説、解釈ブログをされている他の方や、この加治木氏などはもっと複数の詩篇が絡み合っているものとして解読、解釈をしているようだ。
この先、コツコツと時間が取れればその隙間時間を利用して詩篇の解釈に挑むと思うが、
この先いくつかの詩篇を合わせてこそ読み解けるものにも出会えるかもしれない。



ここで加治木氏の解読、解釈に視点を絞って私感ながら考察を述べておこうと思う。
加治木氏は大変に緻密に解読しているケースも多々あるのは間違いないが、
思い込みによるミスをして読解してしまい、当ブログの読者であるならば大抵の方がその指摘を見つめた時に明らかな誤りと認めるであろう解読、解釈も存在するということを前もって読者に伝えておこうと思う。 (すでにこれらのケースを発見しているので今後読者に具体的に示す予定。)
もっともこれはエリカ・チータム氏の訳にしても他の方の訳にしてもこれらは同様の事であり、
それはもちろんのことだが、この私にも当てはまることに違いない。
なので私は自分に都合の良い解釈を読者に押しつけるのではなく、
もし疑問に思ったならぜひとも徹底的に懐疑して欲しいと望んでいる。
人の意見をよく確かめもせずに鵜呑みにしてしまうのはオカルトの域を出ない行為と私は思うからだ。


それと今日現在、私の手元にある資料を明かしておく。
書籍
ノストラダムス大予言原典―諸世紀 (仏和対訳) たま出版 大乗和子訳
ノストラダムス全予言 エリカ・チータム訳 二見書房
加治木義博氏の著書数冊 KKロングセラーズ

その他 ノストラダムス以外の関連性のありそうな資料少々。

コミック
ノストラダムス愛伝説 
作 小池 一夫、 画 やまさき 拓味 
書籍 
Kindle版 


紙資料は今後一層増やしてゆく予定。

余談だが、コミックは大変に面白い。 作が小池一夫だからなのはもちろんだが、
画風が実にピッタリなやまさき拓味ならではの仕上がりです。
内容は史実に沿って描かれていて大変に参考になります。
紙書籍は手に入りにくくなってもKindle版ならいつでも読めます。 


2019/01/28 22:58:08 愛上王


 私の記事で何かしらよいものがあると思われる方、
どうぞよろしくお願いをします。

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